『「維新革命」への道』
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【聞きたい。】苅部直さん 『「維新革命」への道』
□『「維新革命」への道 「文明」を求めた十九世紀日本』
■「江戸」後期と「明治」はひと続き
日本は非西洋で唯一、近代化に成功した国であり、西洋の文物を巧みに導入しつつも「和魂洋才」で伝統的価値観を守った-。
主に保守系の論者から、今でもよく聞く自画自賛である。その論理を裏返す形で、明治維新は支配層による民衆不在のうわべの近代化にすぎず、忠孝などの封建的価値観は維持されたため、昭和の軍国主義のような抑圧的体制につながった-という左派系の批判も、またよく耳にする。
どちらの論も、文明開化と「和魂」が相いれないことを前提としている。だがその理解は妥当なのか。気鋭の日本政治思想史家である著者は「上からの無理な押しつけならば、なぜあれほど急速に定着し、しかも民衆レベルで徳川時代に戻そうという動きが生じなかったのか」と問いかける。
本書は、荻生徂徠や本居宣長、頼山陽といった江戸の思想家たちを読み解きつつ、理想化された古代への回帰を求める旧来の思考モデルが、幕末に向かうにつれ、人間社会は物心両面で進歩するという考え方へと次第に移り変わっていくさまを描き出す。江戸後期の「和魂」は、すでに文明開化を求めていた。社会と思想の大きな構造変化の中で、特に封建制や身分制の打破を求める流れが強まっていく。「政権交代である王政復古よりも、廃藩置県と身分制の解体の方が社会全体としては巨大な変化」
西洋を強く拒絶した中国や朝鮮と違い、なぜ東アジアの中で日本だけが西洋の「文明」を素直に受け入れたのかも、その視点から説明できる。「ただ富国強兵の必要に迫られたから、というだけでは不十分。徳川時代に培われた価値観に基づき、西洋の文化を『よいもの』と評価したから取り入れた、と捉えた方が適切ではないか」。江戸時代後期と明治時代をひと続きとして捉える「19世紀日本」という視点を提示する、知的刺激にあふれた新しい思想史だ。(新潮選書・1300円+税)
磨井慎吾
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【プロフィル】苅部直
かるべ・ただし 昭和40年、東京都生まれ。東大法学部教授。東大大学院法学政治学研究科博士課程修了。専門は日本政治思想史。著書に『丸山眞男-リベラリストの肖像』など。