戦争の日本古代史 倉本一宏 著

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戦争の日本古代史 倉本一宏 著

[レビュアー] 川尻秋生(早稲田大教授)

◆東アジア差別の源を明示

 本書は、百済・新羅を巻き込んだ倭国(わこく)と高句麗の戦い(四世紀)、「任那」をめぐる争い(六~七世紀)、白村江の戦い(七世紀)、藤原仲麻呂の新羅出兵計画(八世紀)、新羅・高麗への敵視(九~十世紀)、刀伊(とい)の入寇(にゅうこう)(十一世紀)を取り上げ、さらには蒙古襲来(十三世紀)、豊臣秀吉の朝鮮侵攻(十六世紀)、そして近代日本の戦争観の底辺に流れる前近代的な思想についても俯瞰(ふかん)する。

 本書の特徴は二つにまとめられる。第一に古代を中心としながらも、著者が近代までの戦争史を射程に入れて論じた点である。歴史学者は、えてして自分の専門とする時代や対象から踏み出して、意見を述べようとしないが、あえてその枠を飛び越えたところに、これまでにない本書の新鮮さがある。

 第二に、近代の日本人が持ち、そして現在も持っている東アジア観の源泉を明らかにしようとした点である。著者によれば、その東アジアに対する差別意識の出現は古代に遡(さかのぼ)り、そのキーワードは「東夷(とうい)の小帝国」にあるという。日本(および倭)の地位は中華帝国より低いが、朝鮮諸国よりは上位に位置し、蕃国(ばんこく)を支配する小帝国であるとする思想である。

 従来、近代の対外戦争を考える場合、征韓論など、遡っても幕末までの思想しか考慮しなかったが、その通奏低音に日本人が保持し続けて来た特殊な差別意識を位置づけた点は興味深い。

 今のところ、現在の極東アジア情勢に安定化をもたらす特効薬はなさそうだが、その実現に向けて、近現代史のみならず、前近代の対外関係史や思想史を振り返ることが、今改めてわれわれ日本人に求められていることを、本書は認識させてくれる。

 そういえば、明治天皇が公家装束から軍服姿に変わる際に想起された人物、そして日本の紙幣に初めて登場した肖像画(一八八一年)は、いずれも記紀神話で「三韓征伐」をしたとされる(史実ではない)神功皇后であった。
(講談社現代新書・950円)

<くらもと・かずひろ> 国際日本文化研究センター教授。著書『壬申の乱』など。

◆もう1冊 

 高田貫太著『海の向こうから見た倭国』(講談社現代新書)。交流があった朝鮮半島側の視点で、弥生時代後半以降の倭国の姿を描く。

中日新聞 東京新聞
2017年7月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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