米露開戦す! 日本はどうなる!?『ゴロセウム』馬場康誌|中野晴行の「まんがのソムリエ」第50回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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「平和回路」が導いた世界の危機を救う美少女
『ゴロセウム(1)』馬場康誌

 7月に入って蒸し暑くなってきた。今回はこんな季節向きのマンガを選んでみた。舞台は北海道……涼しそう。過去の亡霊みたいな存在も出くる……ぞくぞく。多少は国際政治と歴史の勉強になるかもしれない……夏休みにピッタリ。さらにアクション……爽快ッ! それが、馬場康誌の『ゴロセウム』だ。

 ***

 舞台は近未来。世界は終身大統領ウラジスラフ・プーチノフ率いる大ロシア連邦とビラリー・クイントーン大統領のアメリカ合衆国が覇権を競っている。かつて第3の覇権を握っていた中国は5つに別れ、チベット共和国、大漢民国、マンジュ共和国、百越共和国の4つは大ロシア連邦の支配下に、残る中華共和国も風前の灯だった。
 この新しい世界秩序が生まれるきっかけをつくったのは、201X年に大ロシア連邦が独自に発明したとされるブレスレット状の装置「平和回路(ピースメーカー)」の存在だった。平和回路を装備した人間は銃弾も刀も跳ね返し、核兵器や化学兵器、生物兵器などを使った「平和的」でない攻撃はすべて遮断する。つまり、「平和回路」は近代兵器のない、いや霊長類が棍棒を手にする以前の「平和」な世界をつくる、文字通りのピースメーカーだった。さらに平和回路は装備者の老化を含めた体のダメージを回復させる機能まで持っていた。たった二つだけ装備者にダメージを与えることができるのは「直接打撃」と「地面への投げ技」。これからの戦いでは、武器を持たず平和回路を装備したステゴロ(※)の格闘家が最強となると判断したプーチノフ大統領は、脳下垂体への干渉や手術で筋量と骨格を倍増させた格闘家に平和回路を装備させた神躯強化兵(チェルノボーグ)10万人を作り出し、「平和的侵略」による新世界秩序構築に動き出した。
 対するアメリカも平和回路を格闘家に装備させた対神躯強化兵兵士(ぺイトリオット)を作り出していた。

 しかし、平和回路の真の発明者は大ロシア連邦ではなかった。100年前、ロシア帝国ツングース地方で見つかった奇妙な3枚の黄金のレコードのうちの1枚に、それは記録されていたのだ。もう1枚には神躯強化兵のことが記録され、最後の1枚はロシア皇帝から不死身の怪僧ラスプーチンに託されて、日本の函館まで運ばれたのだった。
 100年を超えて生き続けるラスプーチンは、かつて彼を函館まで導いた土方歳三の子孫で天然理心流気合柔術の使い手・土方竜三を使って、白き魔女(ベロボーグ)として知られる謎の少女、サーシャ・グンダレンコを函館に呼び寄せた。平和回路を人類にもたらした存在……そのものとの戦いのために。
 一方のプーチノフは最後のレコードを手に入れるために、中華共和国の最前線から精鋭部隊を函館に送り込むことを決めた。かくて、大ロシア連邦、アメリカ合衆国、日本国政府関係者、そしてサーシャと竜三たちの戦いが市民を巻き込み、静かな街・函館は、地獄の戦場へと化していくのだ。

 このマンガの主人公は、先天的に優れた筋繊維と骨格を持つことによってスピードとパワーを両立させ、かつ相手の過去を見る力まで持つサーシャいうことになるのだろう。謎が多くてちょっと怖いけど、ラスプーチンに命じられてメイド姿や女子校生姿になるとなかなか可愛い。
 しかし、読んでいて一番魅力的なのは悪役のプーチノフ大統領だ。鍛え上げた肉体を誇るために常に上半身裸。大統領流合気柔術の使い手で、ナルシストの筋肉バカ。ノリと勢いで世界を手に入れようとするアバウトさが実にいい。単行本2巻以降の巻末には「何かに乗るのが好き」というプーチノフ大統領がさまざまな巨大生物にまたがる短編「騎乗遊戯」や「プーチノフだいとうりょうのゴロセウムQ&Aコーナー!」が設けられるなど、悪役とは思えない特別扱いを受けている。作者もこいつがかなり好きなはずだ。
 プーチノフにとって最大のライバルになりそうなのが、いつも赤いタオルを離さない日本国首相・獅子木莞爾(ししき かんじ)だ。なにしろ神躯強化兵に改造されたウクライナのボクシングヘビー級統一王者ウラジミール・クリチェンコを奪還するために、クレムリンに侵入。プーチノフとタイマンで戦うのだから。もちろん、必殺技はアリキックと延髄斬り!! これが引き金になって、日本も巻き込んだ米ロ戦争まで引き起こしてしまう。
 アメリカ合衆国のペイトリオットとしてはアックス・ボーガンとカーネル・ハンセンジーなるキャラクターも登場して、1980年代の格闘界を知る身としてはたいへんうれしい。もし、連載がアメリカ大統領選以後に始まっていて、アメリカ大統領がトランプさんだったらもっと盛り上がったかもしれないなあ。
 美少女と筋肉と格闘技と国際政治パロディが好きな方にはオススメの作品。

※ステゴロ…素手による喧嘩/格闘のこと。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年7月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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