ドス捌き見事な新人極道が魅せるは料理!『紺田照の合法レシピ』馬田イスケ|中野晴行の「まんがのソムリエ」第52回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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任侠とグルメの素晴らしきマリアージュ
『紺田照の合法レシピ(1)』馬田イスケ

 テレビで食べ歩き番組を見ていて思うのは、レポーターのリアクションやコメントの大切さだ。なにしろ、テレビの前の視聴者は、紹介されている料理をリアルに食べられるわけではない。おいしいかどうかは、レポーターのリアクションやコメントから判断するわけだ。良いリアクションは、あたかもその料理を口にしているかのような錯覚を起こさせる。もちろん、「美味しいですねえ」と言う口先の表現ではダメで、表情や体の動き、一口味わったあとのコメントが渾然一体となって、はじめて味覚が視覚に変わる。
 ところが、これはと思えるリアクションに出会えることは少ない。アナウンサーさんは総じて下手で、役者さんはさすがに上手な人が多い。アイドルや若手のお笑い芸人さんの中には、逆効果じゃないかと心配したくなるレポーターもいる。
 グルメ・マンガも同じだ。今回は素晴らしいリアクションが堪能できるグルメ・マンガを紹介しよう。馬田イスケの『紺田照の合法レシピ』だ。

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 講談社のWEBコミック配信サイト『少年マガジンR』で2015年4月から連載されている作品で、単行本は4巻まで出ている。
 主人公の紺田照は東京の指定暴力団・霜降肉組の新人組員。根性が座ったクールな18歳。「学力無くして極道は歩けぬ」というポリシーを持つ彼は、身分を隠して高校にも通っている。とはいえ、その全身から滲み出す迫力は生徒も先生も圧倒する。ただひとり彼を恐れないのは学級委員長の春真希。誰とでも分け隔てなく話すクラスのムードメーカーである彼女は、ひそかに「ミスフレンドリー」と呼ばれている。

 日々命懸けの修羅場を生きる紺田の趣味は、なんとなんと、料理。それも、身近な食材を組み合わせて献立を考える本格的な創作料理である。学校に持っていく弁当も自ら手作り。危険に満ちたヤクザの日常も紺田にとっては料理のヒントに置き換わる。
 例えばこんなエピソード。
 ロシア・マフィアとの密輸取引で、交渉相手のアブラム・コンスタンチノヴィチ・カラシニコフから「パッとしねぇ味のトーフばかり食っている日本人」とバカにされ、「命懸けで度胸でも見せてくれるのか?」と迫られた紺田。彼は、震え上がるほどのポテンシャルを込めた豆腐料理を作り始める。
 それが豆腐を使ったピロシキ。一口食べた瞬間のカラシニコフのリアクションが素晴らしい。ガタガタと震え、「さっくりモチモチとした生地…中からしっとりと上品な舌触りの具材!! ツナやにんじんが相まって強力な軍隊(スペツナズ)のよう…!! このハラショー(素晴らしい)なふわふわの具材は一体…!?」と思わず叫ぶ。

 4代目組長・霜降肉蔵に先立たれ女の細腕で組を支える5代目組長・霜降美月の息子の羽牟助が栗ご飯を食べようとしない、という危機(?)を紺田が救うエピソードもいい。栗ご飯は先代の肉蔵が愛し、美月にとっても大切な味だ。羽牟助のため「命を懸けて掟を破った」紺田がつくるのは、出汁にブイヨンを使った洋風栗ご飯。
「不味かったらアンタ…覚悟しいや」と口に運んだ美月は、弾けるクリに撃たれたような感覚になり「栗と玉ねぎの上品な甘味とバターの風味とコクの集中砲火や! それを玉子が強力バックアップしとる! こりゃあ えらいこっちゃで!!」と。さらに「これはこれでありやな」と納得。もちろん羽牟助も「ごっつ旨い! この栗ご飯なら 盃交わしてもええで!」とニッコリ。この表情がいいんだなあ。

 なぜこの2つのエピソードを取り上げたのかといえば、実際につくって試食した私が、マンガに描かれたリアクションがいかに味や食感を正しく表現しているのか、を身を以て体験したからだ。
 マンガに描かれたレシピは、クックパッドの公式キッチンで分量やタイミングも含めて写真入りで紹介されているので、その気になれば同じものをつくれてしまうのだ。お世辞抜きで旨かった。
 任侠の世界と料理の世界という一見すると水と油に見えるふたつの素材を、見事なレシピでまったく新しいテイストに仕上げた作者・馬田のセンスの良さと味付けの技にはとにかく脱帽するしかない。

 登場人物も、紺田の兄貴分で武闘派で、女好きという若頭の狼須武蔵や、霜降肉組の上部団体・肉食会総本部の会長で、神的なグルメの鰭中幻一郎老人、春真希の兄で暴力団を憎む正義の刑事・春雨太郎など、一人ひとりが素材として魅力的。隠し味としては、母親が強盗に捕まった、紺田が幼いときの出来事や、対立する桃嘉十組との抗争、高校生活のエピソードなどがうまく配されていて……これはマンガの宝石箱やぁ~!! 

※公式キッチンのアドレスは以下。
https://cookpad.com/kitchen/13631522

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年7月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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