カナダ人の義弟は、俺の「弟」の夫―― 『弟の夫』田亀源五郎|中野晴行の「まんがのソムリエ」第53回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- 弟の夫 1
- 価格:682円(税込)
本当の「家族」とその愛情の物語
『弟の夫 (1)』田亀源五郎
田亀源五郎の『弟の夫』が全4巻で先ごろ完結した。2014年に双葉社の『月刊アクション』11月号で連載がスタートして、第1巻が出たのが2015年5月。同年の第19回文化庁メディア芸術祭でマンガ部門優秀賞を受賞するなど話題作となった。作者の田亀源五郎はゲイ・エロチック・アートの世界では巨匠と呼ばれる作家で、ゲイ専門誌で数多くの作品を発表。単行本は英語、フランス語、スペイン語、イタリア語などに翻訳されているほか、パリ、ベルリン、ニューヨークほかで個展を開くなど、アーティストとしても内外で高い評価を受けている。
一般誌での初連載となった本作は、異性愛者=ヘテロの視点から物語が綴られている。
主人公の折口弥一はシングルファーザー。両親は彼が高校生の時に高速バスの事故で死亡。双子の弟・涼二は両親が亡くなった後、兄に自分がゲイであることをカミングアウトし、大学を出たあとは、たった一人でカナダに渡り、永住権を得てゲイのパートナーと結婚した。カナダでは同性同士の結婚が認められているのだ。
一方の弥一は、日本で女性と結婚して愛娘・夏菜が生まれたが、妻の夏樹とは離婚。今は夏菜とともに両親が遺した家に暮らしている。仕事はアパートの大家。これも両親が遺したもの。未だに死んだ親の遺産で食べているような境遇を「あまり褒められたものじゃない…かな」と内心では気にしている。しかし、料理上手で子育てにも熱心で、主夫の勤めは十二分に果たしている。仕事を持って独立している元妻・夏樹との関係も良好で、夏菜に会うために彼女が家を訪ねてくることもある。
ある日、涼二のパートナーが義兄の弥一に会うために来日することになった。1か月前に涼二は急死していたのだ。
やってきたのはカナダ人の男性、マイク・フラナガン。弟の夫であるマイクをどのように扱えばいいのかわからない弥一。一方、学校から帰ってきた夏菜は、「カナちゃんのオジサンです」と自己紹介したマイクに興味津々。すぐに打ち解けて仲良しになる。
「親戚なんだから」という夏菜の一言で、日本滞在中は弥一の家に泊まることになったマイク。弥一は涼二の部屋だったところをマイクの寝室として使ってもらうことにした。
性的マイノリティに対して差別意識や偏見は持っていないつもりなのに、なんとなくわだかまりがある弥一は私自身だ。私だって、誰に対しても偏見は持っていないつもりでいる。だけど、自分が当事者になったらどぎまぎしてしまうだろう。嫌だな、と思うかもしれない。思わないと言い切る自信はない。
実は、この作品の第1巻が出たときから何度もこの連載に取り上げようと考えて、できなかったのは、自分の中にある偏見や差別意識を見透かされるのが怖かったから、というのが正直なところだ。
夏菜の「マイクとリョージさん どっちが旦那さんでどっちが奥さんだったの?」という無邪気な質問に、マイクが「奥さんいません どっちもハズバンド」と答える場面は衝撃的だった。目からウロコ、とでも言えばいいのか。これでずいぶん気持ちが動いた。
ストーリーは、マイクが折口家の客人となった3週間のできごとから成り立っている。その間に、弥一はマイクのことを知り、マイクを通じて弟・涼二の本当の気持ちを知り、娘や元妻を理解し、自分自身の内面とも向かい合う。そして、ホモとかヘテロといった区別を超えた向こう側にある真の「家族愛」に目覚めていく。
第4巻には、学校でマイクのことを嬉しそうに語る夏菜のことを心配した教師が、弥一を呼び出すエピソードがある。他の子と違うことで夏菜がいじめられることを心配している、と説明した教師に弥一は答える。
「もしあの子に変わったところがあっても 私はそれを 他人と違うからという理由でやめさせたくはありません」
偏見や差別を生むのは、「みんなが同じでなくてはならない」という思い込みがあるからだ。同じでないものはおかしいと考えるから、白い目で見たり、嫌ったりする。いじめの原因だってそうだ。でも、みんながみんな同じである必要性なんかどこにもない。いや、違っていることが当たり前なのだ。
この場面を読んで、私は腑に落ちた。「偏見や差別はいけないことだからやめましょう」という考え方は正しいようでいて、実は間違っていて、本当は「みんながそれぞれ違った個性を持つことを認めましょう」と考えるべきだったのだ、と。
そして、ようやく打ち解けてマイクと語りあうことのできた弥一は、マイクが日本に来た目的が、涼二との結婚式の日にふたりがした約束、いつかふたりで日本に行って弥一に「家族」としてマイクを紹介するという約束を果たすためにだったことを知る。
このシーンは何度読んでも涙がこみ上げてくる。悲しいんじゃなく、嬉し涙だ。
この作品は、夏休みに家族で読んでもらいたい……いや、家族で読んで話し合うべき作品だと思った。
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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