『戦う姫、働く少女』
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女性のイメージを労働の切り口から分析する
[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)
本書は、ポピュラー文化における女性のイメージを、労働という切り口から分析することで、現代社会の深層に切り込んでいる。『スター・ウォーズ』旧三部作のレイア姫は、男の欲望に囲まれながら、強い自我と知性で抵抗したのに対し、新シリーズの主人公のレイは、男の視線など歯牙にもかけず、みずから武器をとって戦う。他方で、『アナと雪の女王』を参照すれば、この女性たちが勝ち組(エルサ)と負け組(アナ)に分かれていることも判明する。
ここ四十年で、女性の権利は伸長したが、彼女たちは本当に自由なのか。内外の様々な文化を自在に結びつけ、本書は現代世界の女性を取り巻く、過酷な環境を暴き出す。宮崎駿『風の谷のナウシカ』の主人公は、本書によれば先述のレイのモデルであるが、このナウシカの分析が、『インターステラー』や『新世紀エヴァンゲリオン』、さらには『外科医・大門未知子』にまで応用される。いずれの作品でも、女性たちは職業人と女、あるいは母という複数の役割を担わされ、しかも組織の後ろ盾も、女同士の絆も持たず、個の力で状況を切り開かねばならない。
しかし、ポピュラー文化は、しばしばこうした苦境と戦う個人を理想化し、そんな社会でも「生きねば」(『風立ちぬ』)と呼びかける。これは、社会問題を個人の倫理にすり替えているようにも見えるが、本書はそうした単純な批判とも一線を画す。むしろ、作品への敬意ある批評を通じて、現代文化のうちに現状を更新する可能性、アナとエルサの連帯への希望も見出そうとする。
ポピュラー文化を論じた本は数多いが、本書の水準で文化批評と社会分析を両立させたものは稀有である。少し難しい箇所もあるが、本書で言及される有名作品に感動したことのある人なら、そこに現代社会を理解する鍵があるのを知るだけでも、とても興味深いのではないか。