あなたは今、どんな書体で読んでいますか?/鳥海修【前編】 神楽坂ブック倶楽部イベントレポート

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■これからの書体

 ここまでは、特別な使命をもって生まれた文字についてお話ししましたが、「書体の適材適所」の醍醐味は、私たちが普段使っている書体にこそあります。
「明朝体」と「ゴシック体」、この二つは、これまで出てきた書体と違って、いろんな場面で使える、いわば応用力の高い書体ですよね。しかし明朝体にもゴシック体にも、いろんな種類があります。その中からまさに適材適所を、私たちが選んで使うわけですよね。
 明朝体は、日本で最も多く使われる書体で、基本的に長文を読むために縦に組むためのものです。もちろんなかには長文を読むには太すぎるものもありますが。
 一方、ゴシック体は、出来た当初はタイトルや小見出しに使うための、書体でした。ところが近年スマホでもパソコンでも、本文はゴシックですよね。なぜかというと、先ほど触れたように明朝体では横線が細すぎて液晶ではとても見にくい。それで横太明朝体が開発されましたが、でもやっぱり電子媒体の本文には線の太いゴシック体の方が安定して読み易いと考えられるようになったんじゃないかと思います。しかも今では組はほとんどが横組みですよね。
 僕はまさにこの変化が、「これからの書体」を考えるキーになるんじゃないかと考えています。つまり、より横線が安定して見える、また横組用の新しい仮名書体を作るべきなんだろうと。
 一方で、液晶の解像度がかなり上がってきたことで、明朝体に回帰していく、という可能性が考えられます。そのあたりはまだはっきりとは分からないです。少なくとも次にイニシアチブをとるのはこれまでの明朝体ではないんじゃないかなと僕は思います。
 ちょっと詳しい話になりますが、作った書体を提供するには大きく2つの方法があります。一つ目は、デザイナーや印刷所が利用しているさまざまな書体が搭載されたライセンス製品を売るやり方。代表的なものを挙げるとモリサワさんという会社が作った「PASSPORT」や、フォントワークスさんの「LETS」など。これらは出来てからもう10年以上経ちます。先ほど「ライセンス製品」と言った通り、これらは買えば書体を所有できるというようなものではないんです。つまり、ユーザーはライセンスを許諾されているだけで、契約から一年ごとに更新の時期が来て、改めて使用料を払う仕組みになっています。だからあんまり勝手なこと――たとえば中身を変えるとか――しちゃうと怒られます。当たり前ですけどね。(笑)
 二つ目は、書体を買って自分のものにできちゃうよ、というやり方。これをやってるのはもうほとんどうちの会社(字游工房)ぐらいです。会場にモリサワの方がいるので聞いてみましょう。まだ販売もやってるんでしょうか?
(モリサワの人――「もうやってないです。700書体を年間4~5万円で貸し出しています」)
 和文だけで700! どうかしてるでしょう⁈ (会場笑)うちの場合は1書体3万円で販売しています。1書体あたりだと一番高いのかも。
(聴衆の一人――「カタオカ(現:砧書体制作所)さんはもう少し高いものもあります」)
 あ、へぇ。自分のところが一番高いと思ってました。(会場笑)というように、現在はライセンス商品が主流となっています。だけど、700もの書体を使うのかな? という疑問はいつもあります。「適材適所」ということを考えた時に、どうなんでしょうね?

■そもそも「フォント」って?

 これも今日是非お話ししたいと思っていたんですが、一つの書体を作るとなると、2万3千字をデザインすることになります。
 なんでそんなにたくさん作る必要があるの? って思うじゃないですか。常用漢字(新聞などで使われる漢字)は全部で2千136字です。それなのになぜ7千字、あるいは1万4千字も作る必要があるのでしょうか。……なぜなら出版物って、古い文字や著者名を正確に表記しなきゃいけないじゃないですか。例えば名字のワタナベの「ナベ」は全24種類ありますが、一応全て作っておかなきゃいけない。そうすると僕たちはほとんど保険のために1万4千字分作業することになる。ほとんど使われることのない漢字を、一生懸命作っているんです。それで値段は据え置きっていうね。(会場笑)
 そしてその2万3千字をAdobe(主にメディア関連のソフトウェアを作る会社)がおおまかに2段階に分類していて、それにのっとってある程度売り分けるということをしています。例えば、「游明朝体Std」、「游明朝体Pr6」という書体があります。Stdというのはスタンダードの略で、これはざっくり1万字のセットです。Pr6は2万3千字のセットです。
 ちなみにフォントというのはこの文字のセットを指す言葉で、書体を指す言葉ではないんですね。書体っていうのはつまり、本来フォントのデザインのことなんです。

新潮社 波
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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