『転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由』義肢装具士・臼井二美男さんイベントレポート

イベントレポート

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夏真っ盛りのある土曜日、ここは東京・神保町。児童向けノンフィクション『転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由』の著者、義肢装具士の臼井二美男(うすいふみお)さんによるトークショーが開催されました。本を読んで臼井さんに会いたくなった人、義足や義肢装具士という仕事に興味を持った人など、会場はたくさんの親子連れでにぎわいました。当日の様子をレポートします。

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――この日、臼井さんは一人の大学生を特別ゲストとして招きました。小学2年生のときに病気で左足を切断し、以来ずっと義足をはいて生活しているという小松茉奈実さんです。そんな生い立ちを感じさせない明るい笑顔が印象的で、臼井さんとおそろいのオレンジ色のTシャツがとても似合っています。お客さまの中にも、同じオレンジTシャツ姿の人が何人かいらっしゃいました。『転んでも、大丈夫』の表紙に登場する福田柚稀くんも、やはりオレンジTシャツを着て最前列に座っています。実はオレンジTシャツの人はみんな、義足のランナーを中心とした陸上チーム「スタートラインTokyo」のメンバーなのです。創設者はもちろん臼井さん。練習日にはグラウンドに集まり、風を切って気持ちよさそうに走っているとのこと。

左から福田柚稀、臼井二美男、小松茉奈実
左から福田柚稀、臼井二美男、小松茉奈実

臼井「生活用の義足で上手に走ることはできないんですね。そこで考えられたのが、カーボンファイバー(炭素繊維)製の板バネを使ったスポーツ用義足です。体重をかけると板がたわみ、その反発で走り出せるようになっています。いまから20年ほど前に開発されました。うちのチームのメンバーはみんな、生活用とスポーツ用の義足を使い分けています。本当は1つで済ませたいところですが、いまの技術ではまだ難しいですね」

――臼井さんは、日本におけるスポーツ用義足製作の第一人者です。30年近くも、パラリンピック代表選手をはじめとする数多くのアスリートにスポーツ用義足を作ってきました。そもそも臼井さんがスポーツ用義足を作ろうと思ったのは、スポーツ用義足をつけて走る外国人選手の映像を観たことがきっかけだそうです。

臼井「当時、日本人でスポーツ用義足を使っている人はいなかった。ぼくの周りにいた患者さんたちに尋ねてみると、みんな走りたがっていることがわかったんです。それならぼくが挑戦してみようと、米国からスポーツ用義足を取り寄せ研究を始めました。初めてスポーツ用義足をつけて走ることができた人たちは、みんなとても喜んでくれるんです。中にはあまりにうれしくて泣き出す人もいました。スポーツ用義足で走ることで、誰もが笑顔になり、そしてたくましくなっていく。そんなふうに人が変わっていく姿を見られるのが、ぼくがスポーツ義足を作りつづけるいちばんの理由なんです」

――2000年のシドニー大会以来、アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロと、5大会連続でパラリンピック選手をサポートしてきた臼井さん。次はいよいよ、2020年・東京大会です。臼井さんは、地元で迎えるパラリンピックにどのような思いを抱いているのでしょう。

臼井「ぼくは、メダルの色にはこだわっていないんです。それよりも、もっともっといろいろな競技に、たくさんの人が出られるようになったらいいなと思っています。またここ数年で、マスコミのパラリンピックの取り上げ方も大きく変わってきました。東京大会をきっかけに、さらに多くの人たちが障がいを持つ人たちのことを考えるようになるでしょう。車椅子って大変だなとか、誰にとっても暮らしやすい街になったらいいなとか。そんなふうに思いをめぐらせることは、とてもよいことだと思います」

小松茉奈実
小松茉奈実

――現在大学3年生の小松さんが臼井さんに誘われ義足で走り始めたのは、高校3年生のとき。当時は50メートルを走るのに15秒ほどかかっていましたが、現在は100メートルを21秒で走り抜けます。まだまだ世界のトップレベルには届きませんが、「自分で限界は決めたくない」とパラリンピック東京大会出場を目指してトレーニングを続けています。

小松「私は小学1年生で走ることをあきらめていました。だから臼井さんに陸上をやってみないかと誘われたときも、なかなか踏み切ることができませんでした。いざ陸上を始めて走れるようになると、それが自信につながり、いろいろなことに挑戦する気持ちが強くなりました。大学生になってからは、海外旅行に行ったり雪山でスノボを楽しんだりしています。大学には松葉杖なしで通っているし、立ち仕事のアルバイトもこなしています。いまは、できないことなんてないんだって実感していますね。これまでできないと思っていたことは、自分で勝手に限界を決めていただけなんだなって」

臼井「病気や事故で足を切断し、一人で悩んでいる人もたくさんいると思います。小松さんや柚稀くんの姿を見て、どんなことでもできるんだとわかってくれる人が増えたらうれしいですね」

福田柚稀
福田柚稀

――生後9か月で右足を切断した福田柚稀くんは、現在小学6年生。将来の夢は義肢装具士になること。小学3年生のときから臼井さんを見ていて、「足を失って困っている人を義足で助けてあげるってすごい、自分もみんなを喜ばせる人になりたい」と考えるようになったそうです。そんな柚稀くんと同じく、臼井さんの本を読んで義肢装具士という仕事に興味を持つ子どもが増えています。この仕事に必要なことを、最後に臼井さんが教えてくれました。

臼井「相手のことを思いやる想像力ですね。人間は、みんな違います。同じ顔の人がいないように、同じ足のカタチの人はいません。一人ひとり違う相手のことをよく考え、この義足でこの人は楽に歩けるようになるかな、困ったことにならないかなと想像できる力があれば、きっとよい義肢装具士になれると思います」

臼井二美男
群馬県前橋市出身。28歳で財団法人鉄道弘済会・東京身体障害者福祉センターに就職。以後、義肢装具士として義足製作に取り組む。89年、通常の義足に加え、スポーツ義足の製作も開始。91年、切断障害者の陸上クラブ「ヘルス・エンジェルス」(現在は「スタートラインTokyo」)を創設、代表者として切断障害者に義足を装着してのスポーツを指導。やがてクラブメンバーの中から日本記録を出す選手も出現。2000年のシドニー、2004年のアテネパラリンピックには日本代表選手に同行する。通常義足でもマタニティ義足やリアルコスメチック義足など、これまで誰も作らなかった義足を開発、発表。義足を必要としている人のために日々研究・開発・製作に尽力している。

ポプラ社

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2017年9月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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