安全地帯に逃げ込む虐げられた男子たち

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男子劣化社会

『男子劣化社会』

著者
フィリップ・ジンバルドー [著]/ニキータ・クーロン [著]/高月園子 [訳]
出版社
晶文社
ISBN
9784794969682
発売日
2017/07/12
価格
2,200円(税込)

安全地帯に逃げ込む虐げられた男子たち

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 刻々と変化する社会の中で、若い男性だけが置いてけぼりにされている。一人の年配男性として何となく感じていたが、どうやらこれは日本だけの問題ではなく、先進国共通の現象らしい。アメリカでは、三〇歳未満の世代で史上初めて学力的にも経済的にも女性が男性を上回りつつあり、親と同居する「パラサイト」も男性のほうが女性より二五%多いという。日本ではいわゆる「草食系男子」や「引きこもり」として異性や社会に対して消極的な男子が問題になったが、欧米諸国でも男子の“劣化”が深刻な問題になっているとは、寡聞にも知らなかった。

 本書はこの先進国共通の現象について、その症状、その原因、そして解決法と三部構成で書かれている。だが、正直言って原因と結果の関係は曖昧だし、その解決法もまるでお役所やPTAの提言のようなステレオタイプ。しかも、劣化の原因をゲームやネット、ポルノのせいにするスタンスは安直過ぎるようにも思える。しかし、各章にこれでもかとちりばめられた実例と専門家の声は、そのモヤモヤ感を補って余りある。

 それらの実例の中で特に読み応えがあったのは、父親の不在について考察された「船頭のいない家族」の章と、失敗や苦労を避ける自己愛について述べられる「膨れあがる自己愛」の章だった。

 離婚やシングルマザーの急増、それに仕事中毒で家庭を顧みない父親が増えたため、家庭内に男子にとってのロールモデルがなくなった悪影響については、これまでも指摘されてきた。だが本書は、父親不在の問題は過小評価されてきたと強調する。例えば、米国立健康統計センターの調査では、未婚または離婚により母子家庭で育つ子供は、情緒障害や行動上の問題で専門的な治療を受ける可能性が、両親の揃った子供の三・七五倍になると報告している。大人への移行期にある少年にとって重要な大人の男性モデルがいないと、他人に心を開き、信頼することができなくなることもわかっている。

 自己愛の肥大化はさらに恐ろしい。子供時代に欲しいものを与えられ続け、思春期にはトラブルから助け出され続けたため、若者たちは辛抱強さも、成功のための努力も学びたいとは思わず、失敗の苦しみに耐えられなくなっている。それでは恋愛などできっこない。ポルノやゲームで全能感を味わっているほうが、楽だし無駄な心配をしなくてすむ。

 本書で述べられる事例や証拠の山を読み進むにつれ、男子劣化の原因は進化しているはずの社会のあり方そのものにあるとしか思えなくなってくる。だとしたら、変わるべきなのは「男子」ではなく「社会」のほうだ。「近頃の若い者は……」という年配者の口癖は、時代の変化を無為に受け入れた年配者自身の嘆きでもある。

新潮社 新潮45
2017年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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