ねこ男と蚤女の出会いが人類の危機を救う?|中野晴行の「まんがのソムリエ」第61回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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奇妙なボーイ・ミーツ・ガールが世界を救う?
『マザリアン』岡田索雲

マンガを表紙で判断してはいけないなあ、とつくづく思う。中味を読まないかぎり、良いか悪いかがわからないからだ。そういう意味からも、書店でマンガ本をシュリンクするのは早くやめてもらいたい。中が読めないから、表紙や帯で判断するしかない。表紙や帯が気に入らなくて読まない人も出てくる。マンガ読者減の原因のひとつがシュリンクにあるのは間違いないと思う。
 今回紹介する岡田索雲の『マザリアン』なども、表紙と内容の落差が激しいマンガだ。
 竹刀を持った性格の悪そうな巨大猫と裏表紙には女子高生。そして「青春融合にゃんにゃんパニック」というキャッチ。どう考えても、コメディ系の青春ファンタジーとしか思えないじゃないか。
 ところが、実際の内容は、表紙のイメージとは大きくかけ離れているのだ。

 物語は大阪のディープサウスと呼ばれる一帯からはじまる。
 この世界では、10年ほど前から、日本を含めた世界各地で「ひずみ」という怪現象が起きるようになっていた。空間がぐにゃぐにゃに歪んで、近寄ってきたものはなんでも吸い込んでしまうのだ。吸い込まれたものは、人であれ、動物であれ、植物であれ、混ぜられて別の生き物に変えられてしまう。りんごと男の子が混じればりんご人間の出来上がり。一方で、見た目は変わらないのに機能や性質だけが変わってしまうケースもある。いずれにしても、彼らは融合者と呼ばれ、場合によって死に至るケースも報告されている。該当者は日本国内で把握されているだけでも数百人、実際は千人近くいると推定されている。
 さまざまな研究機関が原因をつきとめようと努力したが、「ひずみ」が小規模な現象で、発生場所の予測もつかないことから、研究は頓挫している。唯一の対策は、「ひずみ」が現れたら決して近づかないこと。

 主人公はふたり。木屋俊郎と野々宮桃子。学校は別々だが、どちらも高校三年生。俊郎は、警察官だった父親から剣道の指導を受けた剣道少年。しかし、父を銃撃で失い、母が覚せい剤に手を出して入院。いまでは「異種格闘技」と称してケンカに明け暮れる日々だ。
 桃子は、クラスの女子グループから陰湿ないじめを受けているが、毅然とした態度を崩さない女子。それゆえよけいにいじめを加速させているとも言える。両親は「ひずみ」の研究をしていたらしいが、事故死。いまは、愛猫の白粒とともに暮らしている。
 まったく接点のないふたりが出会ったのは、10人組との喧嘩のあとパンツ一丁で路地に迷い込んだ俊郎が、桃子の部屋から逃げ出した白粒を保護したから。ちょうどそのとき、ふたりの前に「ひずみ」が現れ、のみ込まれそうになった白粒を助けようとして、桃子は自らも吸い込まれそうになる。俊郎は彼女を「ひずみ」から引き離そうとした結果、白粒と融合して、大きな猫の姿になってしまった。桃子の方はとくに変化がないようなのだが、実は蚤と混じっていて、蚤の跳躍力を持ち、血を舐めると興奮して暴走するようになっていた。

 コテコテの下町風大阪弁や、猫と融合した俊郎の姿が、ますむらひろしのマンガに出てくるヒデヨシという猫にちょっと似ていることと、表紙のイメージから、ファンタジー系のギャグだと勘違いしかかったが、このマンガ、なかなかハードでエグイのだ。桃子に対するいじめもエグイが、血を舐めたことで蚤の本能を覚醒させた桃子がつぎつぎと引き起こした傷害事件の現場など、実にグロイ。謎が解明されるに従って、融合者が置かれる悲惨な状況が出てくるのもハードだ。

 とはいえ、このマンガの柱になるのは、遭うはずのなかった少年と少女が出会い、友情を育んでいく「ボーイ・ミーツ・ガール」の部分だ。
 ふたりの信頼関係が強まるきっかけとも言えるのが、血を吸うと「脳内が活性化して強制的に快楽が得られる感じ」になり、「ダメなことだってわかってるけど 自分じゃ もうどうにもならない」という桃子を救うために、俊郎が竹刀を持って(猫なので掴めないから、テープで巻きつけている)、超人的なパンチ力とキック力を身につけた桃子と壮絶な戦いを演じる場面だ。俊郎は血を吸うことで壊れていく桃子と、覚せい剤にはまった母を重ねてみているのだ。ようやく勝利した俊郎は桃子を自らが検査入院中に脱走した病院に運び込むが……。

 やがてふたりは「ゆがみ」の謎を解明し、自分たちの姿を元に戻す方法を見つけるために、桃子の両親も関わっていた研究機関があった東京へと向かう。ふたりは救世主となれるのか?
 フライパンと融合した融合者でフリーライターの鍋谷要や元父の同僚だった刑事のおっちゃんなど、サブ・キャラクターも魅力的。この先の展開が楽しみなマンガだ。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年9月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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