生き方も、幸せも、自分が決めること『今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第62回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- 今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました
- 価格:1,100円(税込)
発見に満ちた楽しき専業主夫を描く
『今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』劔樹人
「一億総活躍」とか「男女共同参画」といった言葉を耳にするたび、「男も女もみんな社会に出て働け!」と言われているように聞こえるのはなぜなんだろう?
社会に出てバリバリ働くのが好きな人ばかりならいいけど、対人関係が苦手な人もいれば、組織に縛られたくない人だっている。だから、出社拒否になったり鬱になったりする。社会に出て働くよりも家で料理を作ったり、掃除をする方が好きな人だっているだろう。それは、男女関係なし。営業としてはダメダメだけど、家事は松居一代級という男を知っているし、男よりはるかに稼ぐ営業ウーマンもたくさんいる。みんながみんな苦手を克服して会社という組織に属すのではなくではなく、それぞれが得意な場所で得意な仕事をできるようになれば、それが本当の共同参画なんじゃなかろうか。少なくとも社会の効率は何倍も上がるだろうし、結婚する若い人たちも増えて、少子化にも歯止めがかかるはずだ。
そんなことを考えたのは、劔樹人(つるぎみきと)のエッセイマンガ『今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』を読んだからである。
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作者の劔は、元音楽プロデューサー。妻はエッセイストでタレントの犬山紙子。マンガ家デビューは2014年。本作は自身のブログに「男の家事場」のタイトルで連載したものがベースになっている。
まずはプロローグから。20代まではミュージシャンを目指していた劔は、「神聖かまってちゃん」というバンドのマネージャーに転身。バンドのブレイクで超多忙な日々を送るようになったが、浮き沈みの激しい世界の常で、やがて仕事は嘘のようになくなり、音楽の仕事での居場所もなくなった。
そんなある日、付き合っていた犬山が「よし 結婚しよう」と言い出した。収入もないしと躊躇する劔。
収入がないから結婚をあきらめている男子ってたしかに多いよね。ところが彼女は言うのだ。
「私たちふたりは ちょうどお互いの得意不得意の分野が 真逆なんだよ 私はお金を稼ぐことが好きだけど あなたは基本的にお金に興味がない でも人の面倒を見るのは得意でしょう? だから 結婚して家のことをやってほしい」
そうなんだよ。世の女性がこのひと言さえ言ってくれたら、幸せになれるカップルはたくさんあるはずなんだ。
劔たちはめでたく結婚。マンガは新米専業主夫の日常をユーモアを交えながらスケッチしていく。
これまでずっと仕事人間として生きてきた劔にとって、家事は未知の領域。妻の注文で食べたこともないイタリア料理をクックパッドを頼りにつくってみたり、全自動洗濯機の前で悩んでみたり、ゴミの分別に迷ってみたり……。
「あ~ら、あたしと一緒ね」という主婦の皆さんも多いことだと思う。子どもの頃からお母さんのお手伝いをしてきた、という心がけのいい人ならともかく、大半の人は結婚して初めて家事のことを知るのだ。スタートから完璧な主婦や主夫なんて少数派だ。本やネットの記事を参考にしながら、何度も何度も失敗を繰り返しながらやっとこさ身につけていくものなのだ。これを楽しいと感じられるのか、めんどくさいと思うのかで、家事に向いているかどうかは大体分かる。
ちなみに私は楽しいと思う。だから、家事もちゃんとこなしている。
作者の劔も前者だ。ときには、音楽の世界のほうが向いていたんじゃないかと思ったりはするけど、家事が好きなんだ、ということがマンガのひとコマひとコマから伝わってくる。
スーパーのレジで、どの行列を選ぶべきかの法則を見つけたつもりで仕事の早いベテランさんのレジを選んだら、あとちょっとで自分の番、というところでレジに慣れていないお兄さんに代わられてしまうエピソードなど笑える。しかも、そこでめげずに「スーパーは奥が深い 僕はいつかスーパーで何かを極めたい」と思うところが素晴らしい、と思う。
妻も夫のことはちゃんと評価している。ある日「ヒモと思われていそうでつらい」とこぼした劔に、犬山はこう言って励ます。
「家事は休みもないし、ずっと続く重労働なんだよ それをやってくれているんだから 私の収入の半分は 自分のものだと思って 自信を持って どう思われても気にしなくていいよ」
夫婦って、お互い相手を評価しないとね。世のダンナ様は何かというと「誰が食わしてやってると思っているんだ」とタンカをきるが、それを言っちゃおしめえよ。
やがて夫妻には子どもができ、劔の子育てが始まることを予感させるシーンで終わる。
「人がどうであろうと 人にどう思われようと その時 その場所で自分の幸せを決めていく」というモノローグが心に響いた。
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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