【文庫双六】命の輝きがよく似合う乱歩ワールド――野崎歓

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黄金豹

『黄金豹』

著者
江戸川, 乱歩, 1894-1965
出版社
ポプラ社
ISBN
9784591109649
価格
572円(税込)

書籍情報:openBD

【文庫双六】命の輝きがよく似合う乱歩ワールド――野崎歓

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

「黄金」つながりで考えてみると、江戸川乱歩の名が思い浮かぶ。『黄金仮面』に『大金塊』、そして『黄金豹』。金無垢の輝きが乱歩ワールドにはよく似合う。

 さらには、乱歩の師匠エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』もある。『黄金仮面』の発想源となった、フランスの知られざる名短篇作家、マルセル・シュウォッブの『黄金仮面の王』も加えれば、乱歩とはまさにミステリの金脈を受け継いだ男ということになる。

 ここで『黄金豹』を取り上げるのは、東京中を荒らし回る金色の豹というイメージのもつゴージャスかつ妖しい魅力が、はるか昔、心に刻まれたからである。

 街を豹が闊歩しているだけでもびっくりなのに、それが宝石店に入ってきて、宝石を前脚ではさみ取り、ぺろりと口に入れてしまったりするのだ。何と優雅な、そして可愛げのある強盗だろう。はたまた、豹が銭湯の高い煙突のてっぺんまで登って行って、そこからロープを使ってはるか彼方まで飛翔したりする。実に絵になるではないか。

 久方ぶりに読み返してみると、イメージとしてはやはり幻惑的だ。同時に、絢爛たるカラー映画というよりも、あくまで“紙芝居”的な泥臭さが乱歩の身上であることも確認できた。

 いったい黄金豹はどういう仕掛けになっているのかの謎解きは、まったく忘れていたが、唸るというより微笑んでしまうようなシンプルなトリックで、ほっこりとした気分にしてくれる。

 少年探偵団の活躍も見ものだ。中学生の小林団長がピストルを携帯しているのには改めて驚く。学校に通っている様子はあまり見られず、親にうるさいことをいわれることもなく、明智小五郎の家に入りびたりで、夜どおし寝ずに事件のただなかで奮闘している。そんな姿に、昔の子ども読者は限りなく羨望を抱いた。

 そして夢中でその活躍を読みふけり、読書の習慣をしっかりと身につけさせてもらったのだから、小林少年の教育上の功績は大きい。

新潮社 週刊新潮
2017年10月12日神無月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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