16世紀フランスのモラリスト、モンテーニュの『エセー』は、人間と人間がつくる社会をめぐる深い洞察が記された人類の宝ともいえる作品である。だが、岩波文庫で6冊という膨大な分量も災いして、ほとんど読まれることがない。そこに最良の導きとなりそうな本が刊行された。東京大学・獨協大学名誉教授の保苅瑞穂さん(79)の「モンテーニュの書斎 『エセー』を読む」(講談社・2700円+税)である。
プルーストの研究で知られる保苅さんが本格的に『エセー』に取り組み始めたのは30年前の49歳のとき。若い頃には見過ごしていた彼の智恵にぐいぐいと引き込まれ、14年前に筑摩書房から『モンテーニュ私記 よく生き、よく死ぬために』を発表した(現在は『モンテーニュ』に改題され、講談社学術文庫に収められている)。
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- モンテーニュの書斎 『エセー』を読む
- 価格:2,970円(税込)
改めて『エセー』をめぐる随筆を上梓(じょうし)したのは、この世界から寛容さが急速に失われつつあることも大きく影響している。
「人は一人一人みな違う、という認識がモンテーニュの出発点です。そして彼は、自分と違う人間を同胞として尊重し、場合によっては愛するとまで言っています」と保苅さん。
自身が宗教戦争に翻弄され、西欧による新大陸の植民地化と虐殺・略奪行為を知ったうえで到達した彼の思想は、机上の論とは深さが違う。
保苅さんはさらに「人間は老年になったとき孤独であるべき」という彼の考えも、いまの日本人に知ってほしいという。
「モンテーニュは人間の支え合いを否定しているわけではありません。年を取っても他者に寄りかからず生きよう、という心の構えを持つことが、自立した人間として生きるうえで大切だというのです」
保苅さんの中庸の精神に支えられた馥郁(ふくいく)たる文章は、読書の楽しみを再認識させてくれる。(桑原聡)
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