食べちゃいたいほど可愛い

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性食考

『性食考』

著者
赤坂, 憲雄, 1953-
出版社
岩波書店
ISBN
9784000612074
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

食べちゃいたいほど可愛い

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

 タイトルは読んで字のごとく「性と食を考える」だが、「性食」という語が特にあるわけではない。著者の造語という。性とは子孫・系統をつなぐ営みであり、食は個体を養う働きだ。多くの生き物において生の前半に食の相が、後半に性の相が顕著に表れるということはあろうが、ともに自己ならざる他者(配偶相手、食物)とかかわることによって、生を全うするのである。そして食も性も、とりわけ相手側に暴力をもって迫る側面をもつことで、死と無縁ではない。

 つまり本書は「食べること/交わること/殺すこと」、つまり「食・性・死」が微妙に交差するあたりに眼差しを定め、食べるもの・食べられるもの、犯すもの・犯されるもの、殺すもの・殺されるものの関係が顕著に不均衡でありつつ、即座に入れ替わるものであること、あるいは三者そのものが密に入り組んでいる様子を、しつこいほどに描き出す。

 冒頭の第一行は「食べちゃいたいほど、可愛い」。そこに本書全体の方向が予示されている風に見える。この言葉こそ性と食が別ものではなく、いってみれば互いを隔てる隔壁が溶け、原形質が相互に浸透しあう関係であることを明瞭に示していよう。「カレーが好き」の「好き」は、「誰々さんが好き」という多少ともセクシャルな場面でも使われ、同じく「つまみ喰い」も、性・食両様の意味で日常的に用いられる。それどころか、レヴィ=ストロースによると「世界のすべての言語が……性交を摂食行為になぞらえている」そうだ。

「食と性」の関係だけではない。記紀神話、『今昔物語集』『遠野物語』『聴耳草紙』の説話や民話、宮沢賢治の諸作品、金子みすゞの詩作品、『グリム童話集』、モーリス・センダックややなせたかしの絵本、ヘレン・マクロイのSF……などを縦横に用いて、三項が作る他の組み合わせ、「性と死」「死と食」もまた同様であることが、繰り返し確認される。

 それにしても、人間と動物が結婚する異類婚姻譚の日・欧・エスキモー比較や、近親相姦タブーとペットを食べないタブーとが同心円的にピタリ重なるとか、芸能や祭りに今もなくてはならぬ桟敷が、もともとは神への供え物(犠牲)を乗せる棚であったとか、あるいは生物学的に死は原核細胞や一倍体真核細胞には存在せず、二倍体細胞で性が分化した時に初めて生じたとか、重量級のテーマが軽やかに紡がれてゆく。

 その際、レヴィ=ストロース、エドマンド・リーチ、西郷信綱、中村生雄、中村桂子、山内昶……といった人たちの著書が積極的に読み込まれ、一種、読書論の趣さえ漂うほど。その意味で本書は、非常にメタレベル(超)の民俗学、文化論といわざるをえないが、メタゆえの想念にみちた面白さはまた格別である。

新潮社 新潮45
2017年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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