『誰も知らない、萩本欽一。』が発売 欽ちゃんが「笑い」と「テレビ」について語る

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“視聴率100%男”といわれた萩本欽一を取り上げた『誰も知らない、萩本欽一。We Love Television?』(ぴあ)が発売された。

「電波少年」で知られるテレビディレクターの土屋敏男が、萩本欽一の素顔に迫ったドキュメンタリー作品『We Love Television?』の撮影を通して聞き取った、“欽ちゃん”の「アイデア」や「ものづくり」「おもしろさ」に関わる発言、30%番組を狙うための発想とその過程がまとめられている。

 また、「テレビは、数字が答えだからさ。足りないところがあったということなんだよね。七十歳の挑戦は終わった。でも、もう少し闘えたらなぁというのが正直なところ」と吐露する、誰も知らない萩本の声も綴られる貴重な一冊となっている。

萩本欽一
1941年、東京都生まれ。浅草の劇場で修業を重ね、1966年に坂上二郎と「コント55号」を結成。テレビ番組『コント55号のなんでそうなるの?』などで評価を確定させる。毎週のように視聴率が30%を超える『欽ドン!』『欽どこ』といった人気番組を数多く生み出してきた。カメラや音声の技術にまでこだわった膨大な量の実験により、放送業界においては「国内のテレビバラエティにおける基本的な技法を開拓し、築き上げた人物」とされている。同時期に出演していたレギュラー番組の視聴率を足したら100%を超える状態にまで至っていたことから、「視聴率100%男」と言われてきた。

土屋敏男
1956年、静岡県生まれ。萩本欽一、テリー伊藤に師事した文脈を活かし、『進め!電波少年』『ウリナリ!!』といった日本テレビにおける人気バラエティ番組を作り続けてきた。萩本欽一から教えを受けたのは1988年の『欽きらリン530!!』(萩本46歳、土屋31歳)。ネット上のビデオ・オン・デマンド事業「第2日本テレビ」、スマホアプリで楽しむVRドラマ『ゴースト刑事』など、「テレビ局にこそ製作できるが、テレビの枠からはみ出たものづくり」の立ち上げにも多く挑戦してきた。2017年公開のドキュメンタリー『WeLoveTelevision?』にて、初の映画監督を務める。

木村俊介
1977年、東京都生まれ。インタビューを専業にし、ノンフィクションや聞き書きによる書籍をまとめてきた。著書に『インタビュー』『善き書店員』(ミシマ社)、『漫画編集者』(フィルムアート社)など、聞き書きに『調理場という戦場』(斉須政雄/幻冬舎文庫)などがある。

2017年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです
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