『U』
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二つの時間軸を生きる少年たちを壮大な構図と精細な筆致で描く
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
想像力こそは人間に与えられた最大の武器であり、自らの卑小さから脱け出すための唯一の手段である。
そのことを熟知する皆川博子の最新長篇『U』は一九一五年、第一次世界大戦下のドイツと、一六一三年、周辺国を従えて巨大化したオスマン帝国の二つの時間軸を持った小説である。主役を務めるのは戦乱の中で運命に翻弄され、しかし決して自分の内にある物語を捨てようとしなかった少年たちだ。
海戦におけるドイツ軍の切り札であったUボートの一隻がイギリス軍に投降したことから話は始まる。捕虜になった水兵の一人が鹵獲(ろかく)された潜水艦を自沈させて脱出するので、救助船を回してもらいたい、との暗号文が送られてくる。その兵士の顔を判別するため現地に送られることになったヨハン・フリードホフは、海軍大臣ティルピッツに奇妙な依頼を持ちかけた。もしものことがあったときには、自分の託す原稿を印刷し、公刊してもらいたいというのだ。
もう一つの時間軸では強制徴募(デウシルメ)、すなわち帝国領となった国家が服従の証として子供を差し出す行為によって幕が上がる。十三歳のヤーノシュとシュテファン、二歳下のミハイの三人は強制徴募で知り合い、友情で結ばれる。その後、シュテファンとミハイの二人は奴隷によって編成される軍隊に属することになったが、ヤーノシュは宮殿に送り込まれ皇帝の側近にまで出世していく。権力闘争が影響し、すでに帝国は落日の兆しを見せていた。その動乱が、三人の少年たちを翻弄することになるのである。
構図の壮大さと筆致の精細さを兼ね備えた一作である。二つの時間軸がいつ交わり、交点がどのような輝きを放つのかが読者にとっては最大の関心事となるはずだ。国家に押し潰されながらも自身を保ち、自分の生きた証を残そうとする登場人物たちの切実な思いが、読み進めるごとに胸に迫ってくる。そして個人の尊厳を侵す国家の残酷さ、空虚さも。