戦争と聞くと、ミサイルや戦闘機などによる戦いを思い浮かべる人も多いでしょうが、最近では「第5の戦場」と呼ばれるサイバースペースの戦いも、主戦場の1つとなってきています。そのサイバー戦において改めて注目されているのが、戦術家J.F.C.フラーが第1次大戦のときに生み出した「機動の理論」だと、かつて陸上自衛隊で第71戦車連隊長、陸将補を務めた木元寛明さんは言います。ここでは、そもそも「機動(Maneuver)とは何か?」について、木元さんに伺いました。
「機動(Maneuver)」とは何か?
機動(Maneuver)の原則は米陸軍や陸上自衛隊が採用している「戦いの9原則」の1つです。戦いの9原則は、「目標の原則」(1)、「攻勢の原則」(2)、「集中の原則」(3)、「兵力の節約の原則」(4)、「機動の原則」(5)、「指揮の統一の原則」(6)、「警戒の原則」(7)、「奇襲の原則」(8)、「簡明の原則」(9)です。
狭義の解釈では、軍隊が戦場で敵に対して有利な態勢を占めるために行う運動のことをいいますが、広義の解釈では、精神面の柔軟性まで含め幅広くとらえています。
すなわち機動とは、軍隊が戦場で火力と運動を一体化して有利な態勢を占めること(形而下的)と、指揮官に柔軟な思考、柔軟な計画、柔軟な作戦などを要求すること(形而上)の、両者を含めた概念です。
米海兵隊に『ウォーファイティング』というドクトリン(戦闘教義)があります。限定された戦場という空間における戦闘の枠を超えて、心の在り様・精神状態といった、賢く戦うための根本原理にまで昇華したものです。
「機動戦とは、大胆な意志、知性、独断、そして沈着冷静な好機主義から生じる心の在り様である。敵を麻痺させ、混乱させ、敵の強みを回避し、敵の弱みに迅速かつ主動的に付け込み、最大の損害を与える方法で打撃して、敵を精神的にかつ物理的に打倒しようとする精神状態をいう」(出典:MCDP 1『Warfighting』)
米陸軍は「戦闘力を柔軟に運用して、敵を不利な立場におけ」と端的に表現しています。米陸軍のいう戦闘力とは6個の戦闘機能――移動・機動(1)、作戦情報(2)、火力(3)、戦闘力維持(兵站)(4)、ミッション・コマンド(任務に基づく指揮)(5)、防護(6)――に、リーダーシップ(7)とインフォメーション(8)を加えた8個の要素から成る総合力です。これらあらゆる戦闘力を決勝点に指向せよ、との考え方です。
「機動の本質」を知っていたナポレオン
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戦争、戦役、作戦・戦闘、戦略・戦術などに画期をもたらしたのは【ナポレオン】(ナポレオンは皇帝以降の称号ですが、過去も含めて便宜的に使用します)です。ナポレオンはアレクサンドロス大王、ハンニバル、カエサル、フリードリッヒ大王など有史以来の偉大な将帥を師と仰ぎ、その天賦(てんぷ)の才を遺憾なく発揮して、戦史に残る戦いを演出しています。
クーデターにより政権を奪取したナポレオンは、1800年、第1統領兼国軍最高司令官としてイタリアに遠征しました。ナポレオンは自ら軍隊を率いてアルプスを越え、「マレンゴの会戦」(6月14日)に勝利して、権力基盤を不動のものとしますが、出征時の訓示で次のように述べています。
「大規模な軍隊は、他に選択の余地がないときに、戦闘に適した平原で有利な態勢を獲得するために、峻険(しゅんけん)な山岳を横断した。だからこそ我々はイタリアに進出するためにアルプスを越えることが必要なのだ。とはいえ、踏破しがたい山岳を越えるために超人的な努力をしても、なおかつ前途には断崖絶壁があり、隘路(あいろ)があり、さらに岩石地帯が待ち受けている。このような障害を克服した軍隊は今日まで長い間なかった。困難に耐え、立ちふさがる多くの悪条件を承知の上で行軍することは……一般常識に逆らい、かつ戦術の原則に反している。兵士諸君の敵は大きな都市、豊かな田園、そして守るだけの価値がある首府を支配している。兵士諸君、いざ進め、ロンバルディアの大平原へ向かって!」
1800年5月15日から21日の間、ナポレオン軍50,011人の兵士、10,377頭の馬匹(ばひつ)、750頭のロバ、76門の大砲と弾薬箱、103輌の輜重(しちょう)車(荷馬車)などが、残雪の標高2,472mのサンゴタール峠を越えて、イタリア北部のロンバルディア平原に進出しました。
マレンゴの会戦では、ナポレオンの状況判断の誤りもありましたが、かろうじて勝利し、イタリア遠征の戦略目的を達成したのです。
ナポレオン自身が「一般常識に逆らい、かつ戦術の原則に反している」と述べているように、騎兵、砲兵、兵站などを含めた5万超の大軍が、ロンバルディア平原を占領していたオーストリア軍の意表をついてその背後に進出したのは、まさに「機動の原則」を地で行くものでした。
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