デキるOLは釣りの名人!?『おひ釣りさま』とうじたつや|中野晴行の「まんがのソムリエ」第72回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- おひ釣りさま 1
- 価格:660円(税込)
寡黙な美人アングラーが釣りまくる!
『おひ釣りさま』とうじたつや
釣りといえば小学生男子とおっさんの楽しみだとばかり思っていた。たしかに、10年くらい前はそうだったのだ。千葉県北西部に住む私は、近所の川でのハゼ釣りや波止(はと)のゴモク釣りにちょいちょい出かけているが、まわりを見回しても小学生くらいの男の子と中高年男性、たまーに家族連れという状態だったのだ。
ところがこのところ様子が変わってきた。うら若い女性アングラー(釣り人)の姿がチラホラと見受けられるようになっているのだ。彼氏のお供なのかと言えば、そうでもなく、出で立ちや竿の扱いも堂に入ったもの。しかも、釣れているから憎らしい……こっちはボウズ(釣れないこと)なのに。
「テレビの釣り番組でも女性アングラーの登場が増えているよ」と教えてくれた知人が、「中野さんお得意のマンガもだよ」と貸してくれたのが、今回紹介するとうじたつやの『おひ釣りさま』である。
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釣りマンガの主人公といえば『釣りバカ日誌』のハマちゃんみたいなぐうたらサラリーマンばかりかと思いきや、このマンガの主人公・上条星羅は24歳。超優秀な女子社員として同僚からも上司からも一目置かれている存在。しかも、美人。しかし寡黙で近寄りがたい存在で、そのプライベートは謎。ランチタイムはひとりだし、就業後はそそくさと帰ってしまうからだ。
実は彼女の愉しみは釣り。しかも、海も川も池も、魚が居るところならどこでもOK。純粋に釣る醍醐味を味わうために、同行者はNGというこだわり派の釣り女子なのだ。美人が釣りをする姿に、釣り場の男たちは一瞬心を動かされるが、そのテクニックに圧倒され声をかけるものはいない。
最初の数話を読む限りでは、マニアックな釣りマンガなのかな、とイマイチ食指も動かなかったのだが、営業1課の新人で、星羅に憧れる吉井龍平や、釣具店のアルバイト習志野玲美(れみ)が登場するあたりから俄然面白くなる。
大口の取引先を怒らせてしまった龍平は、共通の趣味を持つことで関係修復を図るため、密かにバス釣りの練習を始める。そして、偶然にも川バスを釣る星羅の姿を見てしまったのだ。後日、無理を承知で「釣りを教えてください」と星羅に頼んだところ、思いがけずあっさりとOKをもらったのだが……。
川釣りと海釣りの違いすら分からないド素人の龍平を星羅は馴染みの釣具店に連れて行く。そこでバイトをしているのが玲美。彼女も釣り歴は浅いものの、ビギナーズラックで珍しいますを釣ったことから、自分が「持っている女」だという妙な自信にあふれている。
入門者とちょっとかじっただけの勘違いさんが加わると、釣りや料理などの趣味ものはぐんと厚みが増す。これから始めようという読者には入門書的な読み方ができるし、なかなか上達しない読者にもいい参考書になる。そして、ベテランには初心にかえるきっかけになったりもする。もちろん、初心者たちの失敗は、趣味に興味のない読者にも笑いのタネを提供してくれる。幅広い読者が、それぞれに読みどころを発見できるわけだ。
龍平を釣具店に案内するエピソードでは、基本のキとも言える道具の揃え方がわかりやすく語られ、ルアーの種類とそれにあわせた竿やリールの知識がしっかり説明されている。最低限揃えればいいものがわかるのがありがたい。そこに、龍平の勘違いがうまく配されて、マンガとしての面白みも忘れられていない。うまい。
玲美が語る星羅との出会いでは、手軽に釣りを楽しめる管理釣り場を舞台に、釣ることの楽しさと、釣り上げるためのポイントがさりげなく描かれている。中途半端に慣れてくると、海釣り公園や管理釣り場をバカにして「あそこは素人の行くところ」と言う釣り人は多いが、釣ることそのものに喜びを見出す星羅は、どこであろうと魚とのやりとりとテクニックを楽しむのだ。釣りを愛するなら、常にこうありたいものだ。
読んでいると、次の休みはどこに釣りに行こうか、という気持ちがいつの間にか起きてくるから不思議だ。行った先に星羅さんみたいな美人がいればいいけど、それは妄想だろうなあ。
会社ものとしてもよくできていて、若い社員の気持ちが分からずに悩む上司の久保課長に、星羅が魚のうまい店を紹介するエピソードなどがさらりと出てくる。扱いが難しい今時の若手サラリーマンを、繊細で扱いが難しいアジ釣り(アジング)と重ねた構成がさえている。うまい。
さらに、星羅が釣り好きになったそもそもの原因である父親や家族のことなども描かれていて、先の展開にも期待が持てる。いろいろな角度で楽しめそうなマンガだ。
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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