1943年の「魔都・上海」最終兵器を巡る迫真の暗闘

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破滅の王

『破滅の王』

著者
上田早夕里 [著]
出版社
双葉社
ISBN
9784575240665
発売日
2017/11/21
価格
1,870円(税込)

1943年の「魔都・上海」最終兵器を巡る迫真の暗闘

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 1923年に上海を訪れた村松梢風は、この街を「魔都」と名づけた。いわく、上海は世界各国の人種が混然と雑居する、巨大なるコスモポリタンクラブ。文明の光が燦然と輝くと同時に、あらゆる秘密や罪悪が渦を巻く……。

 しかし、1941年12月の太平洋戦争開戦とともに、上海は日本軍の支配下に置かれ、かつての輝きを失ってしまう。重苦しい空気に包まれたこの時期の上海を舞台に、科学者と戦争の関わりを描くのが、上田早夕里のサスペンス大作『破滅の王』。激動の時代、日本と中国、わが身の安全と科学者の良心の間で引き裂かれた研究者たちは、いったいどう生きたのか?

 主人公の宮本敏明は、微生物学の研究者。京都帝大医学部を卒業、研究室に残って働いていたが、教授のすすめで大陸に渡り、フランス租界に位置する上海自然科学研究所で、細菌学科の研究員となる。

 それから7年を経た1943年6月。日本総領事館から呼び出された宮本は、灰塚少佐と名乗る謎めいた人物と対面し、ある機密文書の精査を依頼される。それは、まったく新しい未知の細菌(暗号名キング)について記した論文の一部だった。元の論文は5つに分割され、英・仏・独・米・日の大使館に届けられたという。宮本はキングの研究を任されるが、治療法の開発は、細菌兵器の完成を意味していた……。

 というわけで、本書は、戦時中の上海を舞台に、恐るべき細菌兵器との戦いを描く迫真の疫病小説でもある。キングは誰が、何のために開発したのか? 謎が明かされたとき、重い衝撃が読者を襲う。

 関東軍防疫給水部本部(731部隊)を率いる石井四郎、上海自然科学研究所の新城新蔵所長、その研究員で作家の陶晶孫など、実在の人物も多数登場するが、著者は史実の間に壮大な虚構を織り交ぜ、驚愕の結末へと物語を導く。まさに大胆不敵、前代未聞の歴史ミステリーだ。

新潮社 週刊新潮
2017年12月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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