佐藤優が、人気コミック『キングダム』から盗んだ“処世術”とは?

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失敗の本質に学べ

 日本の組織が逃げることが上手ではない理由は『失敗の本質─日本軍の組織論的研究』(中央公論社)などを読むとよくわかる。

 太平洋戦争において、どうして戦力は逐次投入で消耗戦を行って大敗を喫したのか。陸軍の組織内では逐次投入で組織を維持するコストと全面退却を説得するコストを考えて、前者のほうが楽だったためにそうなったのである。もう誰が見てもダメだ、という臨界点に達すれば全面退却をしても文句をいわれないが、それまでは消耗戦で先送りする日本の組織文化は今もあまり変わっていない。

 唯一といっていいぐらい例外的に全面退却を行ったのが「キスカ島撤退作戦」で有名な樋口季一郎司令官である。1943年5月アメリカ軍のアッツ島上陸でアッツ島は陥落し、キスカ島の日本軍守備隊は補給路も断たれて完全に孤立。アッツ島とアメリカ軍飛行場のあったアムチトカ島に挟まれたキスカ島の制海権・制空権は失われ、まさに孤立無援となった。

 その状況で樋口司令官は独断で全面撤退を決める。あらゆる武器の海中投棄を指示して、撤退にかかる時間を最小限にしたうえで連合軍に気づかれることなく無血での全面撤退に成功したのである。

 樋口司令官も「逃げた」わけではない。部下の将兵がそのまま島にとどまっても待っているのは死か降伏。それよりは北海道に退却して残存兵力を有効活用したほうがいいと考えた上でのことだ。こうした洞察に基づいた合理的決断ができるリーダーが日本には少ない。

 これは戦場に限らず、ビジネスの場においてもいえることだ。ビジネスの世界でうまく生き残れる人は、どこかで合理的な退却という決断をしている。

 企業のM&Aを見ていてもわかる。JTは、缶コーヒー「ルーツ」や清涼飲料の「桃の天然水」ブランドを持っていた飲料事業から撤退し他社に売却したが、決して飲料事業で利益が出ていなかったわけではない。

 利益は出ていても競争の激しい飲料分野では天井が見えていた。そこで今後さらに成長が見込める食品・医薬品事業に経営資源を集中させるという戦略を立てて、あえて飲料事業から撤退したのである。

 意思決定、決断の力を高めるにはこうした「失敗と成功」のケースから学ぶことは非常に多い。

勝負は「終わり方」で決まる

 生き残った者にはチャンスが必ず巡ってくる。『キングダム』で、ついに廉頗が敵将として現れたことに秦軍の総大将である蒙ゴウ(もうごう)が人知れず動揺するシーンもまさにそうだ。宿敵をやっつけるチャンスなのに、なぜ蒙ゴウは動揺したのか。若い頃から廉頗に一度も勝ったことがなかったからだ。

 こうしたことは私たちの仕事の上でも必ず訪れる。何度アタックしても契約が取れず諦めていた顧客から、新たな引き合いがきたりする。ただ、顧客側の担当者がどうしても苦手な相手だったときに「無理かもな」と弱気になりがち。そこをどうするかが大事だ。

 蒙ゴウも大きなプレッシャーを感じ、武装を脱ぎ老人歩兵に化けて陣営内を徘徊する。頭を空っぽにするために原っぱで寝転んでいるところに、夜食を捕りに来て野うさぎを捕まえた信がうっかり草むらの蒙ゴウを踏んでしまう。

 信は老兵が蒙ゴウだとは知らず「じーさんにも悩みなんてあるのか。三百将が聞いてやる」と会話を始める。蒙ゴウは、若い頃にケンカで一度も勝てなかった相手とじじィになった今、もう一度ケンカをすることになった。しかも、その相手は老いるどころか絶頂期の強さだと打ち明ける。

 「深刻じゃろ」と老兵の蒙ゴウは言う。しかし、話を聞いてしばし考えていた信は「悩む意味が全っ然わからん」と言い放つ。「全敗喫してる化け物じじィともう一回じーさんが戦る話だろ。やっぱりやったじゃねェか」と。  困惑する蒙ゴウに信はさらに言う。「だってそれはこの期に及んでじーさんに一発逆転 0000の好機が生まれたって話だろ!」。老兵の蒙ゴウは何かに気づく。「ケンカってのは最後に立ってた奴の勝ちだ。次勝って勝ち逃げしてやれよ。そうすりゃじーさんの総勝ちだ!」

 信の勢いに蒙ゴウは笑い出し、その通りだと立ちあがるのである。これまでどうだったかが問題なのではない。生き延びて最後に勝って笑うことが大事だ、という人生の本質を信はその純粋さで言い当てているのだ。

先が見えない怖さ

 『キングダム』を春秋戦国時代の活劇だととらえるか、本質的には現代日本を取り巻く状況と酷似しているととらえるかで、その人の生き方が大きく変わってくる。

 それは言い過ぎじゃないのかと思う人は、物事の視座をもう少し引きあげてみる必要がある。『キングダム』のような作品が支持される(それも30~40代のビジネスパーソンが多い)のはなぜなのか。目的論と合わせて俯瞰するように考えてみるといい。

 主人公の信と、後の始皇帝となる政の影武者として命を落とした漂。この二人はともに孤児でありながら、大将軍を目指し中華統一のために働くという野心を冒頭から明らかにしているが、彼らには何の後ろ盾もなかったわけである。先なんて全く見えない。彼らが志を成し遂げるには「戦い続ける」という道しかない。それでも彼らはダメだったらまたやり直せばいいというような考えは微塵も持たず、目的論的に生きようとしている。

 現代の人たちが『キングダム』に共感するのは、心の奥底では本来、目的論的に生きたいのにそれができていないということの裏返しともいえるかもしれない。

 走り始めたら途中で逃げることを許されない終わりなき戦いを強いられているのは、ビジネスパーソンも同じだろう。現代の私たちも、この先どうなるのかまるで展望が開けない「先が見えない怖さ」と「50歳になっても同じことをやっているんじゃないか」という「先が見える怖さ」に付きまとわれている。現代の人たちが共感する要素はそうしたところにもあるだろう。

 現代は、すでに日常が戦場ともいえる。隣国からのミサイルに不気味なJアラートが鳴り響く現実。映画やアニメみたいにヒーローがある日現れて救ってくれるわけでもない。  現実は戦場よりもある意味で過酷。戦場では少なくとも作戦や武器が支給される。ところが私たちの面倒な現実という戦いでは自分の力しか頼れない。

 だからこそ「自分の腕」と「友達」だけを頼りに自分の運命を切り開く『キングダム』の登場人物が魅力的に映る。彼らは現代の私たちに「目的」を持つことの影響力の大きさ、その目的をかなえるために自らの力をつけ、本当に信用できる友達を見つけ、人間関係を見抜いて生きることを教えてくれているのである。

──『武器を磨け』(SB新書)では、実際のコミックのシーンを多数掲載しながら、佐藤優氏が、現代人に向けた超・実践的処世訓を語っている。佐藤優氏と人気コミック『キングダム』の異色のコラボは一読の価値ありだ。

SBクリエイティブ
2018年1月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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