ミステリ作家お墨付き!思わず一気読みの本格ミステリマンガ『Q.E.D.証明終了』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第74回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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MIT飛び級の天才少年は論理で事件を解き明かす
『Q.E.D.証明終了』加藤元浩

 このメルマガも年内最終便となった。1年間ご愛読ありがとうございます。
 さて、今年の年末・年始休みは10日前後の大型になるそうだ。帰省や旅行を計画する人も多いだろう。だが、家にいてマンガをまとめて読む正月休みもいいもの。渋滞に巻き込まれることもなく、満員電車に乗ることもなく、有意義な時間を過ごすことができるのだから……。
 今回は、全50巻と読み応えのあるミステリマンガを紹介しよう。加藤元浩の『Q.E.D.証明終了』である。
 タイトルの「Q.E.D.」とは、「かく示された」という意味のラテン語「Quod Erat Demonstrandum」の頭文字をとったもので、数学の証明が終わったときなどに使われる。ただし、現代数学ではあまり使われなくなっていて、むしろ、ミステリーで謎解きが完了したときに使われることが多い。
 そんなタイトル通り、これは密室トリックやアリバイトリックを論理的に証明し、難事件を解決する本格ミステリーだ。動機から答えを導くのではなく、科学的な検証や理論分析、さらに数学の定理に基づく推理が駆使されているのが特徴だ。その分、犯人と被害者の人間関係への踏み込みは少なくなるが、パズルを解くような楽しみをミステリに求める読者にはぴったりの作品といえるだろう。単行本1巻におよそ2本収録という長さもちょうどいい。ちなみに新本格ミステリ作家の法月綸太郎氏からも大絶賛を受けている。

 たとえば第3話「六部の宝」では、洪水で橋が沈み、土砂崩れで道も塞がれ完全に孤立した大地主・琴平家の屋敷とその敷地内で起きた殺人事件を描く。琴平家には過去に巡礼者からお金や仏像を奪うことで財を成したという呪われた言い伝えがあった。そして、家に伝わる古文書には、かつて六部(諸国の霊場を巡る僧侶)から奪った仏像を隠した宝の地図が……。フーダニット(犯行が可能なのは誰か)の謎が解き明かされるラストは見事と言うしかない。
 こんな作品が全99作もあるのだからミステリ好きにはたまらない。しかも、バラエティにとんでいるから飽きることがない。

 さらに、謎解きの面白さとともに、このマンガの魅力になっているのが、レギュラー陣のキャラクター設定とそれぞれの役割分担の素晴らしさだ。
 主人公の燈馬想(とうまそう)は16歳。数学の天才で、15歳でアメリカの名門マサチューセッツ工科大学(MIT)数学科を卒業。しかし、もう一度ふつうの人生を送りたくて、大学の研究機関からの誘いを断って日本の咲坂高校に再入学した。完璧主義者で人間観察の能力が高すぎるほど高い。そのために人付き合いは苦手。学校内では「変人」という噂が絶えない。大学時代から数々の特許を取得しており、特許使用料で都心の豪華マンションにひとり暮らし。ただし、室内は本とガラクタで溢れ、人を招くスペースもない。
 本格ミステリの探偵役を未成年者にするのはなかなか難しいが、数学の天才としたことで、無理なく探偵役として推理を働かせることができるわけだ。
 相棒はクラスメートの水原可奈。おせっかいで行動力抜群。ゲームセンターでトラブルに巻き込まれた想を、持ち前のおせっかいで助けたのがきっかけで付き合いが始まった。想とは真逆の性格だが、孤独な彼にとっては、新しい人間関係を築くための大切な存在になっていく。彼女のおせっかいから想が事件に巻き込まれることも多い。
 主役ではないが、もうひとり重要な役割を果たすのが、可奈の父親で警視庁捜査1課の警部でもある水原幸太郎だ。少年もののミステリでの警察官の存在は、三枚目で真相をミスリードする役というのが定番になっているが、水原警部は腕のいい刑事という設定。娘思いで、家族も大切にしている。タフで優しい腕利き刑事という役どころである。
 未成年が殺人現場などに絡むためには近親者に警察関係者がいたほうがいい。ここもうまいなと思う。
 ミスリードを誘う「ダメな警察」の代わりに、事件を混乱させ、読者を間違った推理の迷路に引き込む役目を担うのが、途中から登場する咲坂高校探偵同好会の面々だ。会長は江成姫子、メンバーは長家幸六、盛田織理の2人。ちなみに、江成はエラリー・クイーン、長家はシャーロック・ホームズ、盛田はアメリカのホラードラマ『X-ファイル』のフォックス・モルダーからとられている。同好会は一度部室の乗っ取りにあうが、想のおかげでミステリ同好会として復活。そのときに、乗っ取り工作員だった菱田丸男が新メンバーになる。
 ほかにも、想のMIT時代の友人や、想をヘッドハンティングしようと画策するIT企業の社長なども事件に絡んでくる。
 長編連載の場合は、主人公のまわりの人間関係をいかに広げていくかがとても大切だ。本作が長く愛された背景には、キャラクター配置の巧さもあったと推理している。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年12月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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