【話題の本】『残像に口紅を』筒井康隆著

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 ■消えゆくイメージ残る実験小説

 平成元年に単行本が刊行され、文庫になったのが7年。30年近く前に出たロングセラーが脚光を浴びている。昨年11月に放送されたテレビ番組内で、お笑いコンビ・メイプル超合金のカズレーザーさんが紹介すると売れ行きがはね上がり、一時はAmazonの売れ筋ランキングで総合1位に。以降の2カ月だけで6刷10万5000部を増刷した。

 奇想で読者を驚かせてきた作家らしい実験的小説だ。第1章は〈世界から「あ」を引けば〉で、以後、章ごとに使える「音」が消えていく仕掛け。「あ」が消えると、妻はいつものように主人公に「あなた」と呼びかけられない。「ふ」がなくなると、ステーキを切るあの道具が使えないので、欧州料理店でも出されるのは箸。消えた音を名に持つ愛する娘もいなくなる…。完全な虚構なのに、失われた言葉や物、人の残像(イメージ)がまぶたに浮かび、悲しみや虚無感にもとらわれる。

 「少ない文字しか使えなくなっても、しっかりストーリーを紡げていることに驚く」(中公文庫編集部)。言語遊戯に安住せず、物語自体の魅力も追求する作家の姿勢が、苦くてほの温かい不思議な読後感を生む。(中公文庫・743円+税)

 海老沢類

産経新聞
2018年1月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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