言葉交わせぬ猫のホンネがわかるマンガ『同居人はひざ、時々、頭のうえ。』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第78回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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人視点と猫視点で読む、心のコミュニケーション
『同居人はひざ、時々、頭のうえ。』みなつき/二ツ家あす

 昨年暮れにペットフード協会が発表した全国犬猫飼育実態調査によれば、日本国内で飼育されているペットは、いずれも推計で犬が892万匹、猫が952万6千匹で、6年前の調査開始以来初めて、犬猫の比率が逆転したそうだ。同協会は、猫が大きく増えたのではなく、犬が減少したのが原因で、高齢化や一人暮らし化が進む中で、日々の散歩などに手間がかかる犬が敬遠されているのではないか、と分析している。
 で、猫は微増らしいが、周辺を見回すと確かに猫派が増えた。SNSに愛猫の写真をアップしたり、「猫が心配なので」と飲み会を中座する人もいて、子どもや孫よりも猫がかわいいのだな、と感心している。
 集合住宅住まいでペットの飼育が禁止されている我が家としてはちょっと羨ましいが、そこはマンガを読んで我慢することにしよう。
 今回紹介するのは、みなつき・原作、二ツ家あす・作画の『同居人はひざ、時々、頭のうえ』である。

 ***

 主人公の朏素晴(みかづきすばる)はミステリー作家。ペンネームは三日月すばる。偏屈で人嫌いなために編集者は手を焼いているが、作品の人気は高く、版元のこぐま社は彼に対してかなり気をつかっている。
 朏の人嫌いは子どもの頃からで、人と話すのも外出も昔から苦手。本を読んで想像をかきたてるのが唯一の楽しみ。旅行好きだった両親をバス事故で失い、現在は自宅で一人暮らし。締め切り前に原稿に集中すると食事すら忘れてしまうことは当たり前。そのために栄養状態は悪くかなり痩せている。
 そんな彼が一匹のメスの野良猫と同居することになった。両親のお墓にお刺身パックをお供えしようとした瞬間、猫がエサを狙って墓石のかげからいきなり飛び出してきたのだ。新作のネタに困っていた素晴は、想像の翼を広げるヒントになると考えて野良猫を家に連れて帰ったというわけ。
 野良猫を観察しながら猫の絡むミステリーを書き始めた素晴だが、猫など飼ったことのない彼にとって、その行動は謎だらけ。鳴き声を聞いても何をして欲しいのかは見当もつかない。猫好きの担当編集者・河瀬が無理やり送ってきた猫の資料をパラパラと見てもやっぱりわからない。無視して締切原稿に向かった素晴だが……。

 他人から干渉されるのが嫌いで、コミュニケーションも苦手な作家が、猫との出会いをきっかけに想像だけではたどり着けない真実があることに気づき、新しい世界の扉を少しずつ開いていく、というのがこちらのストーリー。
 それだけならありがちな展開かもしれないが、このマンガが面白いのは、ひとつのエピソードについて素晴の視点で描いたものと、猫の視点で描いたものが並行して進んでいくことだ。たとえば、STEP2の「君を呼ぶ」。猫に「ハル」という名前が付くエピソードだ。在庫が切れたエサを買うために偶然入ったペットショップで素晴は、女性店員(ななさん)から「一緒に暮らしているなら家族ですよね だったら家族です 名前つけてあげてくださいね」と言われる。悩んだ挙句、猫が自分で選べるように、あいうえお順にいろいろな言葉を並べてみるが反応は、当然ない。あきらめかけたとき、猫がしっぽで崩した本の山の中から幼い時に母親が読み聞かせてくれた『月と太陽』というお気に入りだった本が見つかる。太陽の「陽」から「ハル」とつぶやいたとき猫がニャアと反応した。気に入ってくれたと思った素晴は「ハル」と名付けたのだった。
 が、猫視点のヴァージョンを読むと、野良猫時代にときどきエサをくれていた食堂のおばさんが、自分の娘を「ハル」と呼んでいたために、ハル=エサという記憶が刷り込まれていただけだったとわかる。そりゃあ、エサなら反応するし、にっこりもするだろう。
 こんなに認識がずれた素晴とハルだが、ストーリーが進むに従って、少しずつずれは縮まっていく。

 さらに、ハルとの暮らしがはじまったことによって、素晴の人間関係も広がることになる。ペットショップのななさん、担当編集者の河瀬、3軒隣に住んでいる幼馴染の矢坂大翔と彼の妹や弟たち。素晴はそれまで考えたこともなかった、自分の小説を読んでくれている人達の事も考え始める。そして、死んだ両親がどれほど自分を愛してくれていたのか、も。
 ななさんのこのセリフが心に残っている。
「動物は言葉が通じませんから コミュニケーションをとるのは大変なことですよね 言葉の代わりに手を尽くして 気持ちを伝えないといけなくて 大事なのは伝わるかどうかよりも まず伝えようとする意志なんじゃないでしょうか」
 動物も人も同じこと。伝えようとする意志の大切さに気づいた素晴がどんなふうに変わり、作家としてどうステップアップするのか? これからがものすごく楽しみなマンガだ。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年1月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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