天国よりもたのしい地獄!『鬼灯の冷徹』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第79回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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地獄の凄腕補佐官の奇妙な日常を描く
『鬼灯の冷徹』江口夏実

 私は、「死んだら天国ではなく地獄へ行きたい」と日頃から考えている。葬式の弔辞も、「地獄で待っててくれ」と言って欲しい。だってさ、天国にいるのは悪いことをしない聖人君子みたいな人ばかりなんでしょ。そんなところで暮らしたって退屈なだけじゃない。
 上方落語の大ネタに「地獄八景亡者戯」というのがある。江戸時代につくられて断片的にしか伝わっていなかったものを、故・桂米朝が復活させ、のちに一門の故・枝雀や故・吉朝、当代の米団治らが引き継いだ。内容は、サバにあたってシャバにオサラバした男が地獄に行くまでの道中記。三途の川の渡船場での船賃のやり取りや、閻魔のお裁きの量刑を軽くするために「念仏」を買いに行くくだりがシャレている。なかでも笑いが多いのは、冥土筋の芝居小屋や寄席をめぐる場面。あの世には死んだ名優や名人がこぞっているので、シャバ(現世)の芝居や寄席はバカバカしいということになる。米朝の看板も出ていて「近日来演」となっている、というところでわっとわいた。いまでは「近日」が取れてしまったけど……。

 役者や落語家だけじゃない、死んだマンガ家たちだって「締切地獄」で新作を描き続けているかも知れない。手塚治虫や水木しげるの新作が読めるんだよ。いいなあ地獄って。
 そんな気持ちをさらに後押ししてくれたマンガがある。江口夏実の『鬼灯の冷徹』である。2012年から『モーニング』で連載されているこのマンガは「全国書店員が選んだおすすめコミック2012」で堂々の1位を獲得。2014年にMBS系、2017年にテレビ東京系でそれぞれアニメ化されており、今年4月にはテレビ東京で『鬼灯の冷徹 第弍期」第2クールがスタート予定だ。

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 舞台は現代のあの世。戦後の人口爆発と悪霊の凶悪化で、地獄も前代未聞の混乱を極めていた。阿鼻地獄では川が氾濫。黒縄地獄では財政破綻寸前。昔からの責め苦が時代に合わなくなる地獄も。天国からは人材派遣の要請状まで……。それなのに亡者はどっとやってくる。オロオロするばかりの閻魔が頼りにするのは第一補佐官の鬼灯だ。
 見目麗しく、仕事は完璧でクール。勉強家。凝り性。先輩や上司に対しても容赦がない。「地獄一頑丈な閻魔大王を叩きつつ黒幕を務めるのが美味」としれっとのたまう。ライバルは天国の神獣・白澤で、犬猿の仲。でも、外から見ると両者は驚くほどよく似た存在だ。

 描かれるのは、鬼灯を中心に地獄に住む面々が繰り広げる日常(!)の笑い。登場するのは三途の川の奪衣婆、新米獄卒の唐瓜と茄子、門番の牛頭と馬頭……。おとぎ話の世界の桃太郎や金太郎、一寸法師なども登場する。
 桃太郎は現世で鬼を倒した栄光が忘れられず、道場破りみたいなことを続けていたところを、鬼灯に破れて極楽にある桃源郷の桃の管理人になる。お供の犬猿雉も従業員不足に悩んでいた不喜処地獄への採用が決まる。さすがに、鬼灯。仕事が早い。
 源義経と弁慶のような歴史上実在した人や、民谷伊右衛門(「四谷怪談」のお岩さんの旦那さん)のような怪談の人物、河童のような妖怪、貞子のようなホラーの世界の住人や西洋の悪魔や妖怪も……。

 また、猫又社という出版社があって、『週刊三途之川』というゴシップ雑誌が出ていたり、地獄テレビという放送局まである。マスコミがあるんだからアイドルだっているし、あやしげなプロデューサーもいる。鬼灯を狙うパパラッチならぬニャパラッチもいる。ただし、人間のタレントやプロデューサーよりもずっとシンプルで、ある意味素直だ。
 多彩なキャラクターたちと鬼灯が繰り広げる漫才やコントを思わせる軽妙なやりとりがこの漫画の魅力になっている。水木しげるの妖怪マンガに宮崎駿の「千と千尋の神隠し」などを加え、ドリフターズの「もしもコント」で味付けしたらこうなった、ってかんじかな。

 単行本第1巻の帯には「ドSな補佐官・鬼灯に、上司の閻魔大王は涙、涙」とあるが、鬼灯はS(サディスト)というよりは、思いやりとか容赦がないタイプ。ツンデレに近いところもある。しかし、閻魔もやられてばかり、というわけではない。
 たとえば、こんなエピソード。
 地獄でもCSに加入すれば現世のテレビ番組を見ることもできて、鬼灯が好きなのは『不思議大発見!』。好きなミステリーハンターには早めにあの世に来て欲しいと思っている。番組を見ながら、オーストラリアの自然に憧れる鬼灯を、閻魔大王がわざとからかう……。クールな鬼灯がムキになるところがかわいい(第1巻 地獄不思議発見より)。大王と鬼灯はとてもいいコンビなのだ。
 ほらね、どんどん地獄が楽しそうに思えてきたでしょ。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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