ゾクリとさせる風刺的短編集 『焔』 星野智幸

レビュー

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焔

『焔』

著者
星野, 智幸, 1965-
出版社
新潮社
ISBN
9784104372041
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

ゾクリとさせる風刺的短編集

[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)

 四十℃超えの暑さが続く夏。バレエダンサーのように体をくるくる回すと涼しくて心地いい。空も飛べる気がする。そんな「つむじ踊り」をする人が増加した後、国中がとんでもない状態に雪崩れこむ冒頭収録の「ピンク」をはじめ、奇妙な話ばかりなのが、星野智幸『焔』である。本書は、焔を囲んでいる最後の生き残りの人々が順に物語を話す形でまとめられた、ちょっと特殊な短編集だ。

 自分は変わっていないはずなのに変わってしまった相手から逆に私の方が変わったとなじられる「木星」、急性落涙症候群が流行する「眼魚」、人がお金と兌換できる貨幣になる「人間バンク」、相撲の国際化が大幅に進んだ「世界大角力共和国杯」など、一風変わった状況、設定が並ぶ。最初は小さかった違和感が次第に大きくなり、ある時点で一気に異様な方向に走る展開が目立つ。多くの話に共通するのは、ヘイトスピーチ、戦争、テロ、少子高齢化、水害など、現在の日本を取り囲む不安要素が織りこまれていること。この流れに同調せよという漠然とした圧力が、それぞれの話の主人公を翻弄する。

 私が本書を買った書店では、著者による刊行記念特別エッセイがもらえた。その小冊子で星野は、今の社会について月へ行くロケットの軌道がズレた状態に喩え、新たな軌道計算の必要性を語っていた。つまり本書は、軌道がズレたらどうなるかを戯画的に描いたものなのだ。

 物語の展開は極端であり、風刺的な寓話ともホラ話ともいえる。滑稽であると同時に恐さもある内容だ。そして、設定はホラなのに、この滑稽さと恐さには私たちのよく知る現実の空気感がある。

光文社 小説宝石
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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