駅弁と人情を味わう鉄道マンガ『駅弁ひとり旅』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第82回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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うまい駅弁食べつくしの旅
『駅弁ひとり旅』監修:櫻井 寛 作画:はやせ 淳

 今年から、某企業誌でローカル私鉄を旅する記事の連載を始めた。この媒体では長年、旅のページを担当していて、前回の連載は全国路面電車のある街巡り。廃線でなくなった路面電車は多いが、それでも19路線(軌道線として認められているもの)が現存していて、季刊連載なので5年がかりで巡ったのだった。こういう仕事の取材は楽しい。いい景色あり、うまいものあり、人情あり、これで記事を書かなくていいなら、こんなにうまい話はないのだけど……。
 ローカル私鉄は路面電車よりも数が多く、路線も長い。まだスタートしたばかりだが、これからの取材の旅をとても楽しみにしている。
 今回は、取材の準備をするときに、私がとても重宝しているマンガを紹介しよう。櫻井寛/監修、はやせ淳/作画の『駅弁ひとり旅』である。

 ***

 主人公の中原大介はメタボが気になる中年。趣味は、鉄道旅行。趣味を活かして、生まれ育った東京・笹塚観音商店街に駅弁をモチーフにしたオリジナル弁当の店を開店して、大繁盛させている。経営者としては順風満帆な大介の悩みは、店が忙しすぎて鉄道旅行に出かけられないこと。元気のない大介を見かねた妻の優子は、結婚10周年のお祝いとして東京から九州・大分への寝台特急のチケットをプレゼントする。そして、鉄道日本一周を完結するまでの休暇もプラスした。名目はあくまでも弁当の研究だが、大介は勇んで全国駅弁巡りの旅に出たのだった。

 東京駅で、人気の「極附弁当」をゲットした大介は寝台特急「富士・はやぶさ」に乗り込み、一路九州へ。
 ちなみに寝台特急富士は2009年3月4日に惜しまれながら引退。門司行のはやぶさが併結されたのは05年3月だ。懐かしい列車と出会えるのもこのマンガの魅力のひとつになっている。
 大分を起点に九州~四国~中国~近畿と巡った後、大介は大阪で優子と合流して寝台特急トワイライトエキスプレスで北海道・札幌へ。
 トワイライトエキスプレスは1989年にお目見えした豪華寝台列車。2015年に老朽化を理由に引退。現在は2代目のトワイライトエキスプレス瑞風があとを継いでいる。 
 函館で東京に戻る優子と別れた大介は、再び北海道~東北~北関東を巡るひとり旅に。そして、北陸~東海~南関東……最後は大宮で待っていた優子とともに上野まで乗って日本一周を達成する。

 登場するお弁当は、首都圏ではお馴染みの横浜シュウマイ弁当から、佐世保の平戸南蛮あごめし、出雲市の手打ちそば弁当、和歌山の小鯛雀寿司……トワイライト・エキスプレスでは食堂車の豪華ディナーも登場する。ひとつひとつの弁当は丁寧なイラストで内容が説明され、大介の的確な評価が付く。取材の準備をする時に助かるのはこういう細かい情報なのだ。
 旅の道連れになる人たちもいい。女性雑誌記者や傷心旅行の女性、外国人旅行者も。そして、駅弁を作る人たちや鉄道関係者など実在の人たちも絡んでくる。大介は廃線の危機から救われた第三セクター鉄道やローカル私鉄に特別なリスペクトを感じているので、住民の足を守るため経営努力を続ける鉄道マンや、地域に根ざした味を大切にしている人たちとの交流はとくに大切にしている。
 それが如実に表れたのが、日本一周達成後の2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地を巡る「がんばっぺ東北編」である。

 被害を受けた駅弁屋さんの激励というミッションを優子から受けた大介は、東北新幹線のはやぶさに乗り仙台へ。震災からおよそ6ヶ月後に全面復旧した東北新幹線は復興のシンボルとなっていた。仙台からは常磐線で亘理まで。地震と津波、さらに原発事故の影響で、常磐線は亘理から原ノ町までをバスで代行。その先の双葉は原発の避難区域に。震災前、偶然知り合ったフランス人料理研究家のクリスティーンと珍道中を繰り広げた懐かしい場所は、見る影もなくなっていた。
 行く先々で変わり果てた駅や鉄道の姿に呆然となる大介。そんな彼を絶望から救ったのは、地震の影響で立ち往生しながらも無事な姿を残していたJR205系車両……そして、かつて世話になった地元の人々との再会だった。
 宮古の割烹料理店・魚元の女将さん、三陸鉄道の久慈駅で1日20食だけの幻の駅弁当を売る「三陸リアス亭」のおかあさん、風評被害に苦しみながらもがんばる郡山駅・福豆屋の女将さん……。みんな一度はくじけそうになりながらも、再び昔の姿を取り戻すために立ち上がっていた。大介は、被災地の人々を励ますはずが、逆に励まされて旅を終える。
 読み終わったとたん、仕事には関係なく、のんびりと旅に出たくなってきてしまった。

※続編として『駅弁ひとり旅 ザ・ワールド』もある。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年2月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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