これだけで大阪人のヒミツが分かる!『大阪豆ゴハン』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第84回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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失われた90年代大阪の日常を描く
『大阪豆ゴハン』サラ・イイネス

 大阪の友人から突然電話があった。「びっくりしなや。4月からな、地下鉄がメトロになるねん」。よくよく聞くと、大阪市営地下鉄が民営化されて、大阪市が全額出資する民間会社、大阪市高速電気軌道株式会社に移行するのに伴って、愛称を大阪メトロに変える、ということらしい。で、「また東京の真似やねん」とぼやくことぼやくことしきり。たしかに、大阪人にとっては、日本初の公営地下鉄(東京メトロの前身である東京地下鉄は民営)ということが自慢だった。それが民営化されて、大阪メトロというのは少し寂しい。
 私が大阪を離れて20年以上。この間、懐かしい建物や、店がずいぶん姿を消してしまった。地下鉄よお前もか、という惜別を込めて紹介するのは、90年代大阪を舞台にしたマンガ、サラ・イイネス(現在はサライネス)の『大阪豆ゴハン』だ。

 ***

 大阪市内にある築百年を超える木造古民家に暮らす安村家。作者によれば特定の場所がモデルになっているのではなく、「大阪の街中にもまだガツガツしていないのんびりした本当の『なにわ』らしい雰囲気が残っている場所がいくつもあり」、それらのイイトコを集めて描いたのだという。
 主人公は、この家に住む兄弟姉妹たち。両親は家の補修や管理が面倒になって近所のマンションに引越し、家には彼らと長女の夫が暮らしている。長女の加奈子は、家事好き、掃除好き。離婚歴があるが、1年前に現在の夫・湯葉勧三郎(ユハ)と再婚。夫の勧三郎は大阪市中央区の設計会社に勤める真面目な建築士。趣味は車。
 次女の美奈子はアパレル関係でディスプレイの仕事をしている。結婚詐欺にあったことから男性不信に。
 三女の菜奈子はレーシングチームのマネージャー。元ダートトライアルの選手で、色気のなさから「オッサン」と呼ばれている。
 末っ子の松林(しょうりん)はバイオリンを学ぶ芸大生。趣味はバイク。女性に取り入るのがうまいが、恋愛対象にはなれない。

 大阪人なのにキャラクター造形はいささかバタ臭い。それぞれが作者お気に入りの外国人モータースポーツ選手などをモデルにしているからだ。とはいえ、大阪=コテコテではなく、本当の大阪人はこれくらいシュッとしているのである。ホンマやで。
 彼らに絡むのが友人や勧三郎の会社の同僚、ご近所の人々など。原則として1話6ページ前後の読み切りで展開していく。描かれているのは、大阪人なら「あるがな、あるがな」と言いたくなる日常風景だ。

 たとえば、第6巻119話の「使い倒す理由」。安村家の電気掃除機は北欧製で、もう20年以上も使われている。壊れても修理を繰り返しながら使うのはなぜか? 新しい物を買うのがメンドーだから。ふむふむ。
 勧三郎の学生時代からの友人・大清水は資産家の息子で美術商。しかし、愛用のバイクはガタガタになったプラスチック製のボディをガムテープで補修したポンコツ。理由はメンド臭いことと、意地。松林もボロボロの目覚まし時計を10年以上使い続けているが、これまた理由は「わざわざ買うンも癪やもん」……。大阪人はケチではなく、意地っ張りで面倒なことが嫌いなだけなんである。
 第10巻212話の「おまけで得してポン」もいいなあ。勧三郎の会社の地下にある薬局はオマケとしてサンプルを出すので有名。いつも女性客でいっぱいだ。大阪の人はオマケに弱いのである。ちなみに、グリコも大阪生まれだ。一方で会社のそばのファミレス。ここは、割引券をどんどん配って、ある日潰れてしまった。こういうこともある。資産家のボンボンの大清水さんは、おもちゃのカンヅメ欲しさにコンビニでチョコ菓子を大人買い。無駄なようだがこれも大阪人。そして、自販機で缶ジュースが5本も出てきた菜奈子は……。大阪女はちゃっかりしているのがよ~くわかるオチになっている。

 講談社の『モーニング』に連載されたのは1992年から98年まで。私が大阪で仕事をしていた時期とほぼ重なる。だから、リアルさを感じ、懐かしさもひとしおだ。
 連載中の1995年1月16日には、阪神淡路大震災が神戸や阪神間を襲った。作中では、第6巻120話「1月17日と18日のハナシ」で扱われているのだが、ここにも大阪人のリアルな反応が描かれている。美奈子は事務所の同僚たちと被災した仕事仲間の見舞いに行き、遅くまで家の片付けなどを手伝い、バイクで大阪に戻る。
「大阪に入ると いつもと変わらぬ風景 ホンの20キロしか離れていない神戸周辺がスゴイことになっているのに、である。美奈子は地震も怖かったが、むしろ、この落差に恐ろしさを感じたのであった」
 西宮や神戸の友人を見舞うために何度も被災地と大阪を往復していた私たちが、日々感じたのも、まさにこの落差の怖さだったのだ。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年3月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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