『宝塚戦略』
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宝塚戦略 小林一三の生活文化論 津金澤聰廣 著
[レビュアー] 森彰英(ジャーナリスト)
◆モノからコトへ先駆
鉄道関係者の間で「阪急モデル」という言葉がよく使われる。鉄道を幹として沿線の不動産開発、流通・娯楽などの枝葉を茂らせるグループ経営で、阪急電鉄の創業者小林一三によって原型が作られた。しかし沿線の少子高齢化が進む中で見直しが迫られている。二十七年前に書かれた本書の「序」に登場する宝塚ファミリーランド、阪急西宮スタジアムは今はなく、阪急百貨店も大阪ステーションシティにのみ込まれ、かつての存在感はなく、高級住宅地・芦屋は高齢者の街となった。この本は古びてしまったのか。
だが、読み進むうちに現代に通じる新しさを感じた。例えば、小林が創出した百貨店や遊園地のイベントは今、盛んに言われているモノ消費からコト消費への誘導であったし、まちづくりやコミュニティ構築の提案は今の自治体やデベロッパーの提案よりもはるかに先行している。彼の人脈形成を追った「実業家、小林一三」では意外な発見をした。彼を慶応の福沢諭吉人脈に連なると思っていたが、早稲田の社会思想家・安部磯雄に私淑し、大衆本位の娯楽提供や郊外の開発などは安部の社会改良論の実践であった。
標題通りに宝塚歌劇についてはその誕生、育成から世界的なエンタテイメントに発展するまでの叙述に著者は力を傾けているが、結論は宝塚が情報生活文化産業の原点になったということである。
(吉川弘文館・2376円)
<つがねさわ・としひろ> 1932年生まれ。関西学院大名誉教授。
◆もう1冊
小堺昭三著『小林一三-天才実業家と言われた男』(ロング新書)。時代を読む力、独創的な経営哲学の背景に迫る。