【文庫双六】股旅ものの決定版 御存知『木枯し紋次郎』――川本三郎

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木枯し紋次郎 上

『木枯し紋次郎 上』

著者
笹沢 左保 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334763541
発売日
2012/01/12
価格
942円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

股旅ものの決定版 御存知『木枯し紋次郎』

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

【前回の文庫双六】仏人も西部小説を愛好 バルザックにも影響が――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/550585

 ***

 バルザックが西部小説(ウェスタン)に影響を受けていたとは知らなかった。驚いた。

 十九世紀のフランスの作家がなぜアメリカの西部小説に惹かれたのか。

 まったくの想像だが、旧大陸の人間にとっては、アメリカが身分制度のない自由の天地と考えられたためではないか。

 日本では西部小説は読まれなかったが、映画の西部劇はサイレントの時代から人気があった。

 西部劇の定型のひとつにいずこともなく現われたガンマンが弱い者を助け、最後にまたいずこともなく去ってゆく流れ者譚がある。

 映画評論家の佐藤忠男氏は名著『長谷川伸論』(中央公論社、75年)のなかで昭和十年代に戯曲『沓掛時次郎』など股旅ものを数多書いた長谷川伸は、アメリカの西部劇の影響を受けたのでは、と推測している。

 長谷川伸以後、股旅ものを復活させたのはなんといっても笹沢左保。御存知『木枯し紋次郎』。一九七〇年代に大人気になった。

 上州新田郡(にったごおり)三日月村生まれ。一匹狼の渡世人、紋次郎が「あっしには関わりのねえことで」と言いながら、最後は薄幸の女たちや貧しい農民のために闘う。

 この小説、いま読んでも充分に面白い。

 孤高、ストイックな紋次郎の魅力に加え、彼が生きた天保年間(十九世紀なかば)の社会が丁寧に書き込まれている。

 天保飢饉のため農村は疲弊しきっていた。飢え、娘の身売り、間引きが日常化していた。

 紋次郎自身、貧農の子で間引きされるところを姉の機転で助かった。結局、無宿人になるしかなかった。

 上州では赤ん坊を殺すのに口や鼻を蒟蒻(こんにゃく)で塞いだ。だから紋次郎は絶対に蒟蒻を食べない。

 自由なフロンティアを舞台にした西部劇では貧困はほとんど描かれない。紋次郎との大きな違いである。

 無宿人だから旅をする。笹沢左保はその旅を地誌を踏まえ描き込んでいる。旅物語の面白さもある。

新潮社 週刊新潮
2018年4月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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