金原瑞人さん×ひこ・田中さん×本のプロたちのヤング・アダルト・ブックトーク!(後編)

イベントレポート

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『銀杏堂』橘春香[著]偕成社
『銀杏堂』橘春香[著]偕成社

 2月10日(土)、MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店にて『今すぐ読みたい! 10代のためのYAブックガイド150! 2』の刊行を記念したトークショー&サイン会が開催されました。

 本書を監修した翻訳家の金原瑞人さん、児童文学作家・評論家のひこ・田中さんが登壇した第一部に続き、第二部では5名のトークゲストが登壇。本書に寄稿した兼森理恵さん(書店員)、佐倉智美さん(社会学者)、土居安子さん(児童文学研究者)、右田ユミさん(学校図書館司書)、目黒強さん(児童文学研究者)に、YA世代に薦める本、YA世代の読書習慣についてお話ししていただきました。

 第一部(レポート【前編】をご覧ください!)と同様に、まずはみなさんに特にお薦めしたい1冊を選んでもらいました。

5人のトークゲストが選んだ「YA世代に贈る1冊」

 児童書に造詣の深い書店員の兼森さんは、『銀杏堂』(橘春香/偕成社)をセレクト。

『響け! ユーフォニアム』武田綾乃[著]宝島社
『響け! ユーフォニアム』武田綾乃[著]宝島社

「私は22歳からYAを読み始め、好きな本もたくさんあります。その中からあえて1冊選ぶとしたらこの本。カテゴリーとしては児童文学ですが、児童書担当の書店員として10代に読んでほしいと思って選びました。YA特有の痛みや葛藤は少ないのですが、すごくかっこいいおばあちゃんが出てくるんです。人が生きていくために何が必要かということを真摯に伝えてくれる1冊です」と話してくれました。

 ジェンダー論を専門とし、性的マイノリティの当事者でもある社会学者の佐倉さんは『響け! ユーフォニアム』(武田綾乃/宝島社文庫)を取り上げました。

「吹奏楽部が舞台の青春部活ものです。思春期には人を好きになる体験をしがちですが、この小説ではその対象や感情を男、女、恋愛、友情などに区別したり、限定したりすることがありません。男女の恋愛も描かれますが、それを至上のものとはせず、主人公をめぐる人間関係の一部として描いています。それよりも、メインで描いているのは女の子同士の友情を超えた絆。登場人物の間には『気になる』『放っておけない』『あこがれ』など、いろいろな“好き”があるんです。そして、さまざまな“好き”のシンフォニーが、吹奏楽部の大会を勝ち上がる成長物語にもつながっていきます。その描き方が非常に新しく、青春部活ものの新たなる定番だと思い、力を込めて推薦しました」

『夏のルール』ショーン・タン[著]河出書房新社
『夏のルール』ショーン・タン[著]河出書房新社

 大阪国際児童文学振興財団総括専門員である土居さんが選んだのは、オーストラリア出身の作家ショーン・タンによる絵本『夏のルール』(岸本佐知子訳/河出書房新社)。

「兄弟でやってはいけないことのルールがいくつも出てきます。その中には、『赤い靴下を片方だけ干しっぱなしにしない』という一見不可解なものもあります。シュールで奥行きのある絵が描かれ、しかも文章と絵が一致していないという裏切りが面白いんです。絵本というメディアを知り尽くした方の作品です。同じ作者の『アライバル』もお薦めです」

 続く右田さんは、YA世代と日頃から身近に接している中学校の学校図書館司書。本の力を伝える絵本を紹介してくれました。

『そらいろ男爵』ジル・ボム[著]ティエリー・デデュー[イラスト]主婦の友社
『そらいろ男爵』ジル・ボム[著]ティエリー・デデュー[イラスト]主婦の友社

「中学校はいちばん長い休み時間でも20分。こうした短い時間内でも読み切れるのが絵本です。そこで私はこの『そらいろ男爵』(ジル・ボム、ティエリー・デデュー 中島さおり訳/主婦の友社)というフランスの絵本を選びました。男爵がのんびりと空を飛んでいる時に、地上で戦争が始まります。戦場に駆り出された男爵は、飛行機から爆弾の代わりに硬くて重いもの――百科事典を落とします。その作戦が成功し、男爵は家にある本をどんどん落とします。やがて、落とした本を敵が読むようになり、戦いは収まっていきます。さて最後に男爵が落としたものは……という絵本です。私は図書館司書として図書館の力、本の力を日頃から子どもたちに伝えています。本や言葉が平和につながるという思いを、この本に込めました」

 神戸大学大学院准教授であり、ライトノベルに詳しい目黒さんが紹介したのは、『本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません』(香月美夜/TOブックス)。Webサイトで連載されていた小説を単行本化したもので、2017年度の『このライトノベルがすごい!』でも単行本・ノベルズ部門1位に選ばれました。

『本好きの下剋上―司書になるためには手段を選んでいられません― 第一部「兵士の娘I」』香月美夜[著]椎名優[イラスト]TOブックス
『本好きの下剋上―司書になるためには手段を選んでいられません― 第一部「兵士の娘I」』香月美夜[著]椎名優[イラスト]TOブックス

「私が選んだのは、他の選者が取り上げないだろうけれど、今のYA世代に刺さりそうな本です。本書は、読書が大好きな女子大生が、本が身近にない異世界に転生するお話です。幼い女の子の身体に転生した彼女は、自分で本を作ろうと悪戦苦闘します。現代日本の女子大生が持つ知識を活かし、中世レベルの技術で本づくりを行うのです。児童書でもよく追求されるテーマが描かれ、この種の小説の中では一般の方も読みやすいのではないかと思いました」

毎日忙しいYA世代は、どのように本と接するべきか

 続いては、「YA世代に本を薦めるということ」をテーマにトークが繰り広げられました。まず、現役書店員である兼森さんに「YA世代に絵本を薦める時のポイント」をうかがうと、「問題提起があるもの」との回答が。YAの楽しみ方については、ご自身の体験を交えつつ「22歳で読んだ時には俯瞰で楽しむことができ、28歳では懐かしさを感じるようになりました。もし10代で読んでいたら特別な刺さり方をしていたでしょう。だからこそ10代のうちに読んでほしいと思います」と述べていました。

 とはいえ今の中学生は忙しく、なかなか読書に時間を割けません。こうした現状について、日頃から中学生と接している学校図書館司書の右田さんは次のように話します。

「毎日6時間授業を受け、放課後はほぼ全員が部活に参加。そのあとに塾に通う生徒も少なくありません。家に帰ればクタクタですし、加えて宿題や提出課題に取り組む必要があります。友達とSNSで交流する時間もありますから、テレビを観る暇もないというのが現状です。小学生の頃は読書習慣があった子も、中学生になると図書館で借りた本を1週間では返せません。それぐらい、本が読めない環境なんです。しかも、受験を控えた中3生の中には“本断ち”をする生徒もいるくらいです。だからこそ、小学生の間にいかに本を好きになってもらい、読書の優先度を上げてもらうかが重要だと考えています」

 また、目黒さんからは「今学校で使われている教科書はとても重いんです。彼らに本を手にしてもらうには、物理的に軽い文庫本のほうが読んでもらいやすいかもしれません」との意見も挙がりました。

 可処分時間が減少したうえ、わずかな余暇をスマホなどにも奪われる中高生。こうした現状を鑑みて、土居さんはことさらに読書を推進する必要はないのではないかと話します。

『世界を7で数えたら』ホリー・ゴールドバーグ・スローン[著]小学館
『世界を7で数えたら』ホリー・ゴールドバーグ・スローン[著]小学館

「悩んでいる時に、ハッとする本に1冊出会えればいいと思うんです。私たち大人は、その選択肢をどれだけ豊富に用意できるかが大切。それ以上は本を読め読めと言う必要はないと思うんです。たとえばある学校司書が、本書で紹介されている『世界を7で数えたら』(ホリー・ゴールドバーグ・スローン 三辺律子訳/小学館)を同じように障害を持つ男の子に薦めました。彼はすごく時間をかけて最後まで読み、『自分のことが書かれているようだった』と言ったそうです。それを聞いた司書は、『予算がない中でこの本を買ってよかった』と話していました。その子に適した友達=本をいかに見つけ、結び付けるか。やみくもに本を読ませるよりも、そちらのほうが大事だと思います」

 YA世代に向けた本を若者に届けるにはどうすべきか、出版社や書店、図書館の課題についても議論が及びました。佐倉さんは、必ずしも本を手に取ってもらうことだけがゴールではないと話します。

「出版した本が世の中にどう受け入れられるかは、コントロールできません。ただ、たとえば自分のセクシャリティに悩む中高生に対し、『性は多様なんだよ』『同性愛やトランスジェンダーの人もたくさんいるよ』というメッセージ、偏らない情報、最新の相談機関、具体的な解決法を記した本を提示することは重要だと思っています。そういう本が学校図書館の一角に置かれ、『ああ、こういう本があるんだ』と横目でちらっとでも見てもらうこと自体に意味があるはずです。ただ、本当に悩んでいる子にとっては、こうした本を手に取ること自体が難しいのも事実です。特に学校図書館では、“LGBT”という言葉をタイトルに含む本は手に取りにくいでしょう。だからこそ『響け! ユーフォニアム』のように、こうした内容をさりげなく織り込んだ小説が必要だと思います。ライトノベルや漫画、アニメの中には、トランスジェンダーのキャラクターがサラッと登場し、特に理由も問われることなくそこに存在する作品もあります。実にナチュラルな描き方をされているんです。こうした作品がリリースされていることが大事ですし、編集者が同性愛の描写をカットしたり、笑いものにしたりしないことも重要だと思います」

 最後に来場者との質疑応答があり、約1時間40分にわたるイベントは終了。トーク中には『10代のためのYAブックガイド150!』第3弾にも話が及び、今後のシリーズ展開にも期待の高まるイベントでした。

野本由起(写真:ポプラ社児童書出版局)

ポプラ社
2018年5月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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