短編の名手・萩尾望都の最高傑作『半神』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第91回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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結合双生児の姉妹に起きたこと
『半神』萩尾望都

 月に1、2回は東京宝塚劇場に足を運んでいる。先月は宝塚歌劇花組公演『ポーの一族』を観た。萩尾望都の原作をもとに、ウィーン・ミュージカル『エリザベート』日本版などの演出を手がけた小池修一郎が脚色・演出を担当したミュージカルだ。公演前にはチケットが取れないことが話題になり、公演はとっくに終わったにも関わらず、未だに興奮が冷めやらないようで、「再演はあるんだろうか」「続編は」といった声が私の周囲でも聞かれる。
 中には、宝塚歌劇そのものにはまってしまって、「友の会に入ろうか」と言い出す者も出てくる始末。こういう騒ぎは、私が知る限りでは『ベルサイユのばら』以来ではないかと思う。少女マンガと宝塚歌劇の親和性は高いのかもしれないが、やはり『ポーの一族』という作品の力が大きい。
 そんなこんなで、今回は萩尾望都作品を取り上げたいと思う。名作の誉れ高い短編『半神』である。
 あくまでも個人の感想なのだけど、萩尾望都は短編の達人だ。長編も素晴らしいが、真の魅力は短編にある。長編『トーマの心臓』では、外伝になる短編『訪問者』が秀逸だし、『ポーの一族』だって、短編のシリーズが積み重なることで長編として仕上がった作品だ。宝塚の舞台を観ていて感心したのも、ひとつひとつの短編の味わいを損なうことなく、ひとつのお芝居に仕上げていたことなのだ。

 ***

 さて、『半神』は結合双生児の物語だ。
 ユージーとユーシーは一卵性双生児。姉のユージーは髪の毛はバサバサ。痩せて醜い顔を人は「塩づけのキュウリ」と呼ぶ。一方で、妹のユーシーは「天使のよう」と形容されるほど美しい。だが、頭がいいユージーと違ってユーシーは頭が悪く、言葉を話すこともできない。体も弱く、ユージーの助けがなければ歩くことも困難だ。ユージーはユーシーの世話に疲れているが、ふたりは離れることができない。なぜなら、ふたりは腰のあたりで体がつながっているのだから。
 ユージーは、ユーシーの杖がわりになり、飲ませたり食べさせたり……。それどころか、ユーシーが病気になると、なぜかユージーのほうに湿疹などの症状が出る。天使のようなユーシーは、自分の力で栄養を作ることができない。だから、ユージーの体から栄養を奪うアクマになる。ふたり分の体を維持するために、ユージーの体はフル回転して疲れ果て、ユーシーを嫌い、憎んだ。
 13歳になったとき、医者はユージーに告げる。このままではユージーは弱って死んでしまう。ユージーが死ねば、自分で栄養をつくることのできなユーシーも死ぬ。ふたりを切り離して、ユージーだけでも助けたい、と。
 自由になれることを喜ぶユージー。分離手術は成功したが……。

 単純に命の物語として読んでもいいかもしれないが、物語の奥底にあるのは、「自我」というテーマだ。はじめてこの作品を読んで思ったのは、「果たしてユーシーは存在したのだろうか」ということだった。物語は、当然のことながらユージーの視点からだけの一人語りで語られる。ユーシーはユージーにとっては存在していても、ユーシーにはユージーの存在も自分自身の存在もわからない。だとすれば、本当にユーシーはいたのだろうか。
 ユーシーはユージーの心の中にあったもうひとりの自分ではなかったのか。私たち自身のことを振り返っても、子どもの時には自分の中にいくつもの違う自分がいた。やりたい姿だっていくつもの違う姿があった。「強く賢い私」「無垢で可愛い私」の乖離……それがユージーとユーシーだ。ふたりの分離が決まる「13歳」には大きな意味がある。

 13歳はティーンへの入口。子どもから大人への転換点だ。私たちだって、子どもから大人になる時に、それまで持っていたいくつもの自分やいくつもの夢を捨てざるを得なかったのではないか。そして、ときどき、捨ててしまった別の自分のことを振り返ってみる。
 16歳になったユージーは美しい少女に成長する。ふと鏡を見るとき、そこに彼女はあんなに嫌っていた妹の姿を見つけ、死んでいった半身を愛よりももっと深く愛していたと涙ぐむ。
 それは、捨ててしまった、捨てざるを得なかったもうひとりの自分への惜別ではないのだろうか。外面の異形を描くことで内面の異形を描く手法は、萩尾独特のテクニックとしてのちに長編『イグアナの娘』に結実したが、完成度はこの短編の方が高いと思える。

 なお、この短編集にはほかに、古代インドの恋歌とコンピュータを結び合わせた『ラーギニー』や、10日間の感覚遮断実験を経験した少年の奇妙な体験を描く『スローダウン』など、浮遊感に満ちたすばらしい短編が収録されている。ご一読を。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年4月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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