マンガのすべてに思いを馳せる『マンガ家入門』石ノ森章太郎|中野晴行の「まんがのソムリエ」最終回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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「マンガ」に関わる者たちにとっての永遠のバイブル
『マンガ家入門 【石ノ森章太郎デジタル大全】』石ノ森章太郎

 このメルマガ連載もとうとう最終回。スタートから10年3ヶ月。この間、ネタが尽きなかったのは、マンガというジャンルが豊穣であればこそ。感謝したい。
 で、最後は少しわがままを言わせてもらって、私が最も大きな影響を受けた一冊を紹介したいと思う。
 石ノ森章太郎の『マンガ家入門』だ。

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 秋田書店から初版が出たのは1965年8月。前年に『週刊少年キング』で『サイボーグ009』の連載をスタートするなどした石ノ森は、この年には『週刊少年サンデー』に『ミュータントサブ』を不定期連載。少年ファンだけでなく少女ファンも獲得して、人気マンガ家への階段を一気に駆け上がった時期だった。
 当時、マンガ家を目指す小学校5年生だった私は、少年雑誌の広告でこの本のことを知り、さっそく祖母にねだって買ってもらった。A5判ハードカバー・紙ケース入りの立派な本だった。

 内容は、石ノ森の生い立ちと、マンガ家デビューとその後を書いた自伝。そしてマンガを描くためのテクニックの2本立て。
 まず、貪るように何度も何度も読み返したのは、自伝の部分だ。いまでこそマンガ家の自伝は珍しいものではなくなったが、この本が出るまでは売れっ子マンガ家の半生を描いた自伝なんてほとんどなかったのだ。手塚治虫ですら、自伝はコラムとして連載した程度。その意味でも画期的だった。同人誌をつくる話やトキワ荘に若いマンガ家たちのコミュニティが生まれる話は、「俺も続かなければ」という思いにさせてくれたし、スランプの話からは「石森先生でさえ苦しむ、厳しい世界なんだな」という畏怖も感じた。

 テクニックのパートはペン先の種類やその他に必要な道具がイラストで詳しく紹介されていて、格好から入るタイプの私は羽箒と烏口を父親の部屋から勝手に持ち出した。父親は技術屋で家で図面を引くこともあったから、製図板やT定規のようなものも部屋に揃っていたのだ。
 ケント紙に鉛筆で下描きしたものにペンを入れて仕上げることもはじめて知った。ずっとノートに鉛筆描きしただけで同級生などに読ませていたからだ。修正にポスターカラーの白=ホワイトを使うことやスクリーントーンの存在もこの本で知った。
 さらにテクニック編が素晴らしいのは、自作のギャグマンガ『どろんこ大作戦』と少女誌に発表したファンタジー短編『竜神沼』をテキストに、キャラクター設定や伏線の貼り方、ストーリーの盛り上げ方、時間経過の表現方法など、マンガを描くために必要なことの全てが詳細に書かれていたということ。この本が出るまで、自分の作品をここまで細かく分析してみせたマンガ家はいない。
 単なるテクニック論ではなく、石ノ森章太郎というマンガ家の思想と技が凝縮されていた、と言ってもいい。160ページほどなのに実に中身の濃い本だった。アイディアの作り方やプロットの立て方もこの本で覚えた。いまこの原稿を書くときも、この時覚えたのとあまり変わらないプロセスを辿っている。

 翌年には『続マンガ家入門』も出た。そのくらい売れたのだ。マンガ家という職業も一般的ではなく、もちろん今のようにマンガを教育する専門学校や大学もない時代だ。マンガ家になりたい子どもたちはこういう本を待っていたのだ。
 それだからこそ、彼らへの影響は計り知れないものがあった。50代以上のマンガ家や小説家たちの自宅にうかがうと必ずと言っていいほど、本棚には正続の『マンガ家入門』がささっている。たいていはボロボロになっている。たまに綺麗な本だと「それはもう3冊目です」というような話になる。彼らにとっては文字通りのバイブルなのだ。
 もちろん、我が家の本棚にもボロボロの1冊と、5年くらい前に古本屋で見つけて買った比較的綺麗な本が並んでいる。

 現在、電子書籍で読める『マンガ家入門』は、1960年代に出た『マンガ家入門』に、石ノ森のその後――青年誌への進出や『仮面ライダー』のヒット、『マンガ日本経済入門』でさらにマンガの可能性を広げていった日々などが書き加えられている。
 また、60年代と比較し、マンガが扱うジャンルが驚く程広がっていることにあわせて、劇画やパロディ、教育マンガなどについてもページが割かれている。
 懐かしい『マンガ家入門』を期待して読むといささか違和感があるが、マンガ家への道をめざす若い人たちにはこれくらいでないと物足りないだろう。なにしろ半世紀以上の歳月が流れているのだから。
 マンガ家を目指す人だけでなく、マンガやマンガ家の仕事に興味があるという人にもおすすめしたい本だ。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年5月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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