福祉と格差の思想史 橘木俊詔 著
[レビュアー] 廣瀬弘毅(福井県立大准教授)
◆国それぞれの思惑、ドラマ
今日的な意味での福祉制度というのは、決して自然発生的なものとは言えない。ある時期に、その時代の制約のもと、人々が必要性を感じ、誰かが構想し、また誰かがそれを政策として実現に導くという人為的な営為であった。そのため、一口に福祉制度と言っても、国家が一元的に管理する北欧タイプから、制度ごとに給付水準の差が大きいフランスのようなものまで様々なのである。だからこそ、それぞれの国でどのようなドラマが展開されたのかを知ることは、福祉制度の理解において、きわめて重要となるのである。
本書では、いわゆる学者だけでなく、政治家や役人、実業家まで、古くはマルクス、ビスマルクから最新のピケティまで全部で十五組十七人の人物が取り上げられている。
読者は、現代の福祉制度の目的がどの国でもほぼ似たようなものであるにもかかわらず、その出発点の多様さに驚くかもしれない。社会主義へのおそれからアメとムチの「アメ」として社会保険を整備したビスマルクのドイツ、ウェッブ夫妻の理想主義の影響を受け、「ゆりかごから墓場まで」のキャッチフレーズのもと福祉が展開されたイギリス、事実上戦費調達のために始められた日本など、実にバラエティ豊かなのである。
我々は、福祉制度の問題を考える際に、ついつい設計主義的に、費用と効果の計算のような分析から議論を始めがちである。もちろん、その重要性は否定しない。だが、それぞれの社会が資本主義と折り合いをつけていく営みの中に福祉があると考えるならば、それぞれの社会が抱えている固有の性格にも十分注意を払う必要がある。と同時に学者や政治家が、知恵を出し合って互いに協力し合うという態度をもたなければ、どんなにすばらしい制度が提案されても、実現は難しいだろう。
本書は、現実の格差や福祉の問題について、知悉(ちしつ)する著者だからこそ書けた問題提起の書でもある。
(ミネルヴァ書房・3024円)
<たちばなき・としあき> 京都女子大客員教授。著書『家計の経済学』など。
◆もう1冊
金子光一著『社会福祉のあゆみ』(有斐閣アルマ)。貧困対策など、さまざまな政策や思想でつくられてきた社会福祉の流れを描く。