『一日の苦労は、その日だけで十分です』
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読むだけで“背筋が伸びる” 有名作家が遺したエッセイ集
[レビュアー] 立川談四楼(落語家)
ちょっとキナ臭いご時世にピッタリの一冊でした。背筋が伸びると言いますか、膝を揃えると言いますか、そんな静謐な読書を体験しました。『塩狩峠』『銃口』『道ありき』等、著者は多数の小説やエッセイを発表しましたが、私が知ったのは懸賞小説に入選した『氷点』によってです。これはテレビドラマ化、映画化もされました。
人気番組『笑点』は談志が作ったものですが、『笑点』は高視聴率の『氷点』のもじりと言われました。談志によると柳原良平氏の一コマ漫画のタイトルからもらったとのことですが、もじりと言われてもおかしくないほどの大ヒットだったわけです。
ベストセラー作家ですから華やかな人生を想像しますが、そして作家が肺結核を患ったことは知っていましたが、結核療養中に脊椎カリエスを発症したことを初めて知りました。都合13年に及ぶ療養生活です。そのうち数年は身動きの取れない「ギプスベッド」で過ごしたのです。
初期こそ思い悩みますが、著者はその病苦を受け入れます。聖書に巡り会い、信仰を得るのです。本書のタイトルもそこからきているわけですが、強靭とはまた違う、しなやかで静かな文体もやはりそこからきているものと思われます。
療養中に別の光が差します。恋人となる前川正が現れるのです。しかし前川も結核患者、肋骨切除手術に失敗し、この世を去ります。やがて失意の著者の前に生涯の伴侶となる三浦光世が現れ、結婚。しばし後に作家活動を開始し、『氷点』でデビューしたのは42歳の時でした。
病やイエスの話が多いのに、読後感が重くないのは不思議なことです。一九六〇年代から九〇年代のものを集めたエッセイ集ですが、地元旭川の風景と短歌や詩が折々に顔を出すバランスのよさによるものでしょう。夫ののろけ話にも微笑ましいものがあります。自堕落な私にカツを入れる一冊でした。