5月31日夜、お茶の水クリスチャンセンターで順天堂大学医学部教授・樋野興夫氏による「がん哲学外来10周年 出版記念講演会」が開催された。
「がん哲学外来」の10周年と、樋野氏の新刊『大切な人ががんになったとき…生きる力を引き出す寄り添い方』(青春出版社刊)の出版を記念した講演会で、会場には大勢の人が集まり、盛況な会となった。
患者と家族の精神的苦痛を解消したい
「がん哲学外来」とは、樋野氏など医者や医療関係者と、がん患者やその家族との個人面談。治療が優先される医療機関では行き届かない、患者やその家族の精神的苦痛を少しでも緩和したいと樋野興夫氏が2008年より始めた活動。
樋野氏が「がん哲学」という言葉を使い始めたのが2000年頃。10代の頃から読み親しんできた、日本におけるがん研究の先駆者・吉田富三の「がん学」と、元東京大学総長の南原繁氏の「政治哲学」を、いわばドッキングさせる形で生み出した。
その後、アスベストによる健康被害が大問題となると、樋野氏は順天堂病院に「アスベスト・中皮腫外来」を開設。多くの患者と向き合う中で、「がん哲学外来」の必要性を強く感じたという。
「今の日本ではがんが発見されると、患者に告知をする方向だけど、医者は『ここにこういうがんがあって、ここまで進んでいる。5年生存率は○%だけれど、治療しなければ余命は3か月です』といった感じで、いかにも事務的。告知にも方法があるけれど、訓練がないので事務的になってしまう。医者が“対話学”を身につけていないからだよ」
しかし多忙な医療現場ではそこまで手が回らないのが現状。患者やその家族の精神的苦痛を少しでも解消したいと、樋野氏は「がん哲学外来」を開催することに決めた。
「最初のがん哲学外来は2008年。順天堂の中にあるレストランで、『会ってほしい』と連絡をくれた患者に会った。はじめは5回だけのつもりだったけれど10年続いて、3000人以上の人に会ってきたね」
がん哲学外来の活動に賛同者が増え、NPO法人を経て「一般社団法人がん哲学外来」となり、いまでは全国140カ所以上で、がん患者やその家族の交流の場、「がん哲学外来メディカル・カフェ」が開催されている。
樋野氏の新刊『大切な人ががんになったとき…生きる力を引き出す寄り添い方』は、がん哲学外来の活動から得た、がん患者を持つ家族へ「寄り添い方」のヒントを書き記しているという。
「冷たい家族」より「あたたかい他人」
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- 大切な人ががんになったとき…生きる力を引き出す寄り添い方
- 価格:1,018円(税込)
「がん哲学外来の活動を続ける中で気づいたのが、がん患者には『冷たい家族より、あたたかい他人にそばにいてほしい』と思っている人が多いということ。家族だって、思いやって、一生懸命看病しているのに、本人からしたら『冷たい』と感じているという、すれちがいが起きている。ではどう接すればいいのか。これに答えはないんだね。人間には個性というものがあるから、人によってしてほしいこと、してほしくないことは違う」
そこで樋野氏は「対話」が大切だと述べた。
「相手との言葉のやりとり、自分がどう思っているのかを相手に言葉で伝えるのが会話だね。でも言葉は相手を癒すこともするけれど、傷つけもする。私が言う『対話』とは、心と心のやりとりのこと。言葉がなくても、一緒にいるだけで心が癒される、心の交流です。それが寄り添うということです」
会場に訪れた観客から樋野氏へ多数の質問も投げかけられた。たとえば「社交的だった友人が、がんとわかってから引きこもりがちになり、外に出ようとしない。何とか外に出したいけれど、どう接すればいいのかわからない」という女性に対し、樋野氏は「まず、会話しなくても30分間一緒にいて、お互いが苦痛にならない関係になること」と返答。
「30分間、一緒にいて、お互いが苦痛にならない関係が、『対話ができている』ということ。がん哲学外来メディカル・カフェは、そうしたことができるようになる訓練の場なんですね。実際、患者や家族たちがみんなでお茶を飲んでいるだけ、という光景はよくあります」
心配しているつもりで「余計なお節介」に
また、メディカル・カフェに通っているという人から「10年前に息子を小児がんで亡くし、妻が『もうがんなんて怖くない』と言って、がん検診に行こうとしない。どうすれば検診を受けてもらえるか」という質問に対し、樋野氏は「自分の思いを押し付けて接するのは『余計なお節介』」だと答えた。
「奥さんは自分で覚悟を決めて行かないのだから、それをゴチャゴチャ言っては嫌になる。相手の気持ちを尊重して接することが『偉大なお節介』。自分の気持ちを押し付け合わないで、お互いが尊重し合う関係になることが大切」
さらに、亡くなった父親との最期の触れあい方が間違っていたのか、いまだに悩んでいるという方は、「末期がんと宣告されて、明るかった父が気落ちして、8か月後、落ち込んだまま亡くなってしまった。もっと違う接し方ができたのではないかと、後悔の日々です」と質問。樋野氏は「過去を悔やんでも仕方がない。あなたが死んだあと、お父さんと一緒に天国でカフェ(メディカル・カフェ)を開こうと考えればいい。そう思うだけで救われるんです」とアドバイスをした。
最後に、樋野氏は「がん哲学外来」には元気な人こそ来て、寄り添うということを知ってほしいと述べた。
「患者に対してどう接するのかに正解はない。急に家族や親しい人ががんになっても、どういう顔で、どう患者に接すればいいのか、そうした訓練の場が全くない。メディカル・カフェはそうした訓練の場だから。元気な人が病気の人と交流して、お互いが苦痛にならない関係性を築くことができるようになるべきだね。いまは約140カ所だけど、どんどん増えていってほしいね」
一般社団法人 がん哲学外来ホームページ(http://www.gantetsugaku.org/)にて、がん哲学外来メディカル・カフェの所在地や開催日時が公開されている。
樋野興夫
医学博士。順天堂大学 医学部(病理・腫瘍学)/国際教養学部 教授(併任)。一般社団法人 がん哲学外来 理事長。東京女子大学理事。恵泉女学園理事。1954年島根県生まれ。 癌研究会癌研究所、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォックスチェイスがんセンターなどを経て現職。がん患者や家族が、病院の外で医師と話せる場の必要性を痛感し、誰でも自由に来て自由に帰れる、何でも話せる場として「がん哲学外来」を創設(2008年)。対話や「言葉の処方箋」を通して患者や家族を支援する個人面談や講演を精力的に続けている。2018年4月現在、全国に「がん哲学外来」は140カ所まで増えている。
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