ニッポンの底力はこういうこと!「虫」追う奇人の熱さ

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昆虫学者はやめられない

『昆虫学者はやめられない』

著者
小松 貴 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784103517917
発売日
2018/04/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

虫に人生を捧げる“奇人”の高出力系ライフスタイル

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 最近、テレビがやたらにニッポン賛美番組ばかり並べている。皆さんそんなに「ニッポンすごいね」と言ってほしいほど意気消沈しているんですか。情けない。そういう番組よりもはるかに底力を感じさせる本、ここにありますよ。

 著者小松貴の文章を初めて読んだのは、ちくま新書の『絶滅危惧の地味な虫たち』だった。そのときから著者の「裏山の奇人」ぶりはよく知っているつもりだったが、今回あらためてその高出力系ライフスタイルに笑ってしまった。

 著者は毎日虫を追いかけて生きているのだが、それは昆虫の研究者だからというよりは、虫が好きで、虫の不思議をもっと知りたくて、虫との駆け引きに勝ちたいからなのだ。純粋である。日本は昆虫研究が進んでいる国だが、それは大学で虫を研究している人が多いからではなくて、カネにもならないのに虫に人生を捧げている奇人がわんさかいるからだ。そのごくごく一部がプロの「研究者」になる。ニッポンの底力ってむしろこういうことじゃないのか。

 もちろん著者がそんな主張をしているわけではなくて、ただひたすらストイックに虫を追っている。チャバネフユエダシャク(シャクガの一種)の交尾を一目見ようと極寒の夜をさまよい、トンボの越冬を確認するために記録的大雪のなか山に分け入る。昆虫の標本を見るためだけに行ったパリでは、治安の悪化からフランス料理を食べにも行けず、ホテルにこもってパンをかじる日々。これだけの苦労をしてもいいと思えるほどの魅力や満足感が、虫にはあるということなのだろう。なにも知らない人には「奇行」と見えるようなこれらの行動を書きしるす手つきがまた、熱っぽくていい。読んでいて気持ちのいい本だ。

 洞窟を踏みあらし観光地化して環境を激変させているのに「環境保全」を訴えたりすることの欺瞞にも、前著同様、噛みついてます。頼もしい。

新潮社 週刊新潮
2018年6月21日早苗月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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