「やまゆり園事件」を考える――ホーキング青山『考える障害者』【期間限定・全文無料公開中】

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「『やまゆり園事件』を考える」(ホーキング青山『考える障害者』より)

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やまゆり園事件とは

 相模原市内の障害者施設で起きた大量殺人事件は社会を震撼させた。事件が起きた施設の名前から、通称「やまゆり園事件」と呼ばれるこの事件の概要は、以下のようなものだ。

 発生は二〇一六年七月二六日未明。神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に、元職員の男(当時、二六歳)が侵入。

 男は刃物を使って、短時間の間に、施設に入所していた一九人もの人を刺殺し、さらに二六人もの人に重軽傷を負わせた。被害者の人数は「戦後最悪」とされている。

 社会に大きな衝撃を与えたのは被害者が障害者だということとその人数だけではない。男がこの障害者施設で数ヶ月前まで働いていて、その頃から入所者を生かしていていいのか、という考えを持っていたことがわかった。彼はそうした考えを園長に話したり、政治家に向けた手紙に綴ったりしていた。要は、「障害者なんていなくなってしまえ」という考えのもとに犯行に及んだということになる。

 この動機が世間にとてつもない衝撃を与えた。多くの人にとって、そうした施設は馴染みがないが、あまり物騒な事件が起きる場所だというイメージはない。どちらかといえば平和な感じがしていたはずだ。そんなところで事件が起きただけでも衝撃は大きかったのに、犯人が単なる精神異常者ではなく、介護職員として働いていた元職員ということがさらに衝撃を大きくした。

 そういう施設で働いている介護職員は誰よりも障害者に理解のあるような人であろう、というのが大方の常識だった。それだけに、介護職員がここまで残酷な事件を起こしたという事実が、世間に対してのインパクトをより強めたのだと思う。

 彼が事件直前に衆議院議長あてに書いた手紙の文面があまりに挑発的なものだったことがさらにインパクトを強めたのは事実である。

 「私は障害者総勢470名を抹殺することができます。常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い、居ても立ってもいられずに本日行動に移した次第であります。

 理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。(中略)車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。

 私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、および社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です」

 重度障害者に限らず、「人間を生かすためにどれだけのコストを費やすべきなのか」という問題は、さまざまなところに存在する。被災地や戦場では一人を救出するために部隊を出動させるかどうか、といったことを考えなくてはいけないことがあるだろう。また、高齢者や改善の見込みのない患者の延命にどれだけの税金をつぎ込むべきか、というテーマも最近は以前よりもオープンに議論されるようになってきた。

 だから、この容疑者の手紙も、一部はそうした問題に通じる指摘をしようとしているのだ、と読めなくもない。

 ただし、この男は事件を決行して逮捕された後の条件として、

 「監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせてください。心神喪失による無罪。(中略)美容整形による一般社会への擬態。金銭的支援5億円。これらを確約していただければと考えております。ご決断いただければ、いつでも作戦を実行致します。日本国と世界平和のために、なにとぞよろしくお願い致します」

 などと書いているから、まあ思考的に何らかの問題があることは明らかだろう。

 とはいえ、この事件がいくつもの問題を突き付けていることは事実だ。現に、この事件については、さまざまな人がさまざまな形で論じてきた。

 事件を「日本社会が持つ差別が表出したものだ」「最近のヘイトスピーチなどとも関係している」といった見方で論じる人もいた。そうなのかもしれないが、手紙を読む限り、そもそも正常な思考で物事を判断していないので、社会全体の風潮と短絡的に結び付けて考えることには違和感がある。

 また、メディアが被害者の素性、名前をまったく報じないことに疑問を呈する声もあった。事件報道では、重軽傷者は匿名報道が多いが、殺害されれば実名で報じられることが普通である。しかし、今回は殺された人の名前等はほぼ報じられなかった。これはこれで差別ではないか、という指摘である。一体全体、誰が誰のために忖度して、こういうことになったのかはよくわからないのだが、これについては、障害者団体などからも怒りの声が上がった。私自身は、これが被害に遭われた障害者の方々へのどういう配慮だったのかはよくわからないのだが、障害者のために配慮したことが裏目に出てしまった感は否めない。

 ともあれ、この事件は、戦後最悪の大量殺人事件というだけではなく、非常に多くの問題を提起しているのである。

 さまざまな議論が起こったが、それを見ながら私なりに思ったことを述べていきたい。

Book Bang編集部
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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