〈特別対談〉ふみふみこ×浅野いにお――あの頃、私たちはひとりぼっちだった

対談・鼎談

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愛と呪い 1

『愛と呪い 1』

著者
ふみふみこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784107720856
発売日
2018/06/09
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

〈特別対談〉あの頃、私たちはひとりぼっちだった 90年代を通った二人が語り合う 家族、孤独、生き延び方――ふみふみこ×浅野いにお

[文] 新潮社


社会が終わりの予感に囚われる一方、不思議な空騒ぎの雰囲気も同居していた一九九〇年代。あの頃の閉塞感は今でも自分に残っているという浅野氏と、当時の暴力的なまでの生きにくさを『愛と呪い』(第一巻発売)で描くふみ氏が、同世代の思春期を振り返る。

「家族は仲良くなければいけない」という気持ちもあったんです(ふみ)

――『愛と呪い』は性的虐待や宗教など、家族をめぐる衝撃的なテーマが「半自伝」として描かれています。

ふみ 以前から「漫画家になったら絶対に描きたい」と思っていたテーマではありました。ただ自分にそれを描くだけの力がなくて、『ぼくらのへんたい』を終えたところで、やっとそれができるかもって。

浅野 ふみさんは作品ごとに絵柄もちょっとずつ変わるし、けっこう振り幅が大きいという印象はありましたけど、今回はまた全然ギアが違いますよね。「半自伝」って言ったら「作品の評価=自分の評価」になってしまう部分がどうしても避けられないと思うけど、そういう覚悟ができたんだなと思いました。

ふみ 私自身が自立して、昔の自分から解放されてきたっていうのも大きいです。上京したのがわりと遅めで、二十七、八歳の頃なんです。そこから漫画家として食べられるようになって、自分の面倒を一人で見られるようになって……。

浅野 それはここ数年の話ですか?

ふみ そうですね、ようやく最近。これは今後の『愛と呪い』で描いていくつもりなんですが、家族から「逃げたい」という気持ちと同じくらい強く、「家族は仲良くなければいけない」という気持ちもあったんです。「良い娘であらねば」という意識には、すごく縛られていたと思います。だけど一人になったときに「全部自分で決めていいんだ」って気づくことが増えてきて。
 でもこれだけ色々問題があった家族なのに、距離ができると向こうは寂しいらしくて変な感じです。別に今からわざわざ仲を悪くするつもりはないですけど、「寂しいのはあなたの責任だから」みたいには、ようやく言えるようになりました。

浅野 逆に、全部自分で決めることへの不安とかはないですか。

ふみ ありますよ! 自立し続けることがめちゃくちゃ不安だから、焦って色々やろうとして失敗するみたいなことにもなるんですけど。でも、「あの頃よりマシ」みたいな感じです。

浅野 僕の実家は本当にさして特徴のない家族で、あんまり好きも嫌いもないんですけど……。ただ、僕は中学生くらいまではすごく優秀な子だったんですよ、学級委員やるみたいな。そういう演技、「良い子供」みたいなやつを完璧にやっていた。父親は忙しくてあまり家にいなかったりもして、すごい「家族ごっこ」感がありました。全員が全員の役割をやってるみたいな感じで。だから、大学で上京したらけっこうさらっと地元を切り離しちゃった気がします。

 ただ、クラスの不登校の子にちょっと勉強教えてあげたりとかそういう役回りが割と多くて、すごい上からみたいな嫌な感覚だけど、人に頼られることでようやく自尊心が満たされるところがあったな。

ふみ あのメガネの子みたいな感じですかね、プンプンの。

浅野 『おやすみプンプン』には、愛子ちゃんが不幸だからプンプンが盛り上がるような側面はありますね……。ああ、こんなだから「お前は挫折も知らないで」なんて家族に言われたりするんだ。

ふみ 実際、成功なさってるんだから仕方ないです。

浅野 目標はもう少し高かったんです(笑)。とにかく、僕や僕の周りの青年誌の人たちはディテール主義、リアリティ至上主義みたいな漫画の作り方をするんですね。登場人物の性格なんかに漠然としたモデルはいるんですけど、ディテールは全部創作。そこをどれだけ固められるかというのがあって。
 だから今回、『愛と呪い』を読んでいて一番怖かったのは、性的虐待をする父親を見ながら母親がずっと笑っている場面なんですよ。家庭内のシーンで父親の性的虐待っていうのは、ある程度はイメージできるんです。でも、お父さんだけがおかしいんじゃなくて、家族もおかしいっていうのは、僕には想像できない部分だった。こういう、ふみさんにしか分からないディテールが入ってるから、この話はすごい説得力がありました。

ふみ ありがとうございます。実はいまyom yom連載で描き進めている第二巻の方には、高校生になった愛子が付き合うクズ男が出てくるんです。まさに浅野さんが仰った「人に頼られることで自尊心が満たされる」奴です。

 メンヘラ女が好きな男っているじゃないですか。病んでる女は全力で自分に向き合ってくれるから、それが嬉しいみたいな。もちろん浅野さんのことじゃないですよ(笑)。男にも女にも、親にも子にも、夫にも妻にも、誰にだってそういう心理があるのだろうと思います。

構成=餅井アンナ 写真=広瀬達郎

新潮社 yom yom
vol.51(2018年7月20日配信) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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