持続可能な医療 広井良典 著
[レビュアー] 山岡淳一郎(ノンフィクション作家・東京富士大客員教授)
◆健康向上へ社会要因問う
本書は「持続可能な」を前提に、サイエンス、政策、ケア、コミュニティ、社会保障、死生観の六つの観点から「医療」を考究した意欲作だ。
日本は「少子化」が高齢化率を押し上げ、医療費が年々膨張している。医療にいくら使い、どう配分するかは「人々の間でもっと議論」し、選択してもいいのではないか、と著者は問いかける。
そして、医療を病気の治療にとどまらず、社会の健康水準の向上という大局から眺める。キーワードの一つが「健康の社会的決定要因」。食生活や労働時間(生活パターン)、貧困・格差、コミュニティとのつながりなどを指す。これらは、ある国や社会の健康水準に影響を及ぼす。
たとえばアメリカは、医学研究に莫大(ばくだい)な国費を投じ、医療費の対GDP比も先進諸国で突出して高い。にもかかわらず、平均寿命は最も低い。肥満を招く食生活、殺人の多さ、格差・貧困などの社会的要因が関わっているようだ。
つまり、医療の費用対効果は医療技術やシステムだけでなく、広義の環境と絡む。環境の視点に立てば、低賃金で人手不足の介護労働の評価概念も変えられる。著者はケアの「生産性のモノサシ」を「環境効率性」にシフトしようと説く。この転換で「人は積極的に活用しつつ、できる限り少ない自然資源や環境負荷で生産を行うこと」が促され、労働集約的なケアにも資源配分ができると論じる。
しかし、放っておいても転換は進まない。経済的インセンティブとして環境税(ガソリン税の再編等を含む)を導入し、介護財源にあて、環境負荷抑制と介護サービスの充実を両立させようと述べる。
興味深い政策提言や思索が並んでいる。ただ、一千兆円の政府借金を返し、高齢化費用をまかなうために消費税を20%に、とのくだりはひっかかる。その前に内部留保をためた大企業は法人税を払っているのか、極東の緊張緩和で国防費を削れないのか、と素人考えが頭をよぎる。いずれにしても、医療の幅の広さ、奥深さを教えてくれる本だ。
(ちくま新書・886円)
1961年生まれ。京都大教授。著書『コミュニティを問いなおす』など。
◆もう1冊
森田洋之著『医療経済の嘘』(ポプラ新書)。医療費と健康をめぐる考察。