阿修羅像のひみつ 多川俊映、山崎隆之 ほか著

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阿修羅像のひみつ

『阿修羅像のひみつ』

著者
興福寺:監 多川俊映、今津節生他 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784022630759
発売日
2018/08/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

阿修羅像のひみつ 多川俊映、山崎隆之 ほか著

[レビュアー] 山本勉

◆CTで深まる名作への理解

 二〇〇九年に東京と九州の国立博物館で開催された奈良・興福寺の国宝阿修羅像の特別展にちなみ、「阿修羅のひみつ」と題して講演したことがある。阿修羅は、古代イランの善神アフラがインドで仏教と敵対する悪神となり、そののちに釈迦(しゃか)に仕える八部衆の一人におさまったという数奇な過去をもった尊格だという話を枕にしたあと、興福寺像について語った。国宝阿修羅像はいずれも清純なまなざしをもつ三つの顔と六本の腕をもつ「三面六臂(さんめんろっぴ)」の姿で知られる。日本ではほぼ奈良時代だけに限られる「脱活乾漆(だっかつかんしつ)造り」技法の傑作でもある。

 本書はこの国宝阿修羅像の造像技法の「ひみつ」をさぐった本である。特別展の際、九州国立博物館で同像にX線CTをかけるところからはじまり、足掛け十年を要して検討された美術史・彫刻技法史・保存科学など多分野の専門家による研究成果が比較的平易にまとめられている。X線CT調査とは、物体をあらゆる角度から多量のX線写真で撮影しコンピューターで内部構造をふくむ立体的な画像情報をえて、検討するものである。医療分野から文化財研究にも応用され、近年、国立博物館にCT装置が導入されている。阿修羅像の調査はそれを用いた初期の事例である。

 研究成果は多岐にわたるが、阿修羅像の合掌する姿が造像当初からのものであったことが確かめられたことや、像の六つの顔(完成像、原型それぞれの三つの顔)の表情の違いを確認したことなどは、像の美術史上の位置づけにもただちにかかわる大きな問題である。本書におさめられた阿修羅像に関する成果は、他の仏像の理解や将来の研究にも資することは疑いない。

 なお、本書の冒頭で阿修羅像を今日まで伝えた興福寺の多川俊映貫首が仏像の科学調査の意義と重要性にふれ、「宗教性はいかなるものにも侵されないが、侵されるとすれば、私たちの内なる非宗教性にのみ侵されるのだと思う」と述べているのは、美術史や文化財の研究に対するたいへん光栄な応援のメッセージというべきだろう。

 (朝日新聞出版・1836円)

 多川・興福寺貫主。山崎・愛知県立芸術大名誉教授。ほか仏師、研究者ら6人。

◆もう1冊 

籔内佐斗司(やぶうちさとし)著『壊れた仏像の声を聴く-文化財の保存と修復』(角川選書)

中日新聞 東京新聞
2018年9月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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