『劉裕 豪剣の皇帝』
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宋の初代皇帝の一代記を迫力と品格をもって描き出す
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
本当に、自分はこの国で一番偉くなったのだろうか。ただ大剣を振り回していただけなのに――そううそぶく男は、劉裕(りゅうゆう)。
宋の初代皇帝である。恐らく劉裕が長篇小説の主人公として描かれるのは、本書がはじめてではないのか。彼は、いわゆる毛並の良い出自の男ではない。いわば、町の無頼漢であり、四世紀末の中国は東晋(とうしん)で、民衆を苦しめる腐敗した貴族政治や、五斗米(ごとべい)道(どう)の宗教叛乱が続く中、その豪腕を北府軍の指揮官・劉牢之(ろうし)に見出されて、しぶしぶ戦闘に加わることになる。
従って、ここでも、「やれやれ、叛乱を起こしたり討伐したり、つまらん戦ばかりだな」と、極めて御機嫌がよろしくない。
しかしながら、その劉裕率いる軍が千人を超える叛乱軍を殲滅したとなると、これはもう、まわりが放っておくわけがない。劉裕は将軍となり、そこで冒頭のことばとなるわけだが、裏切りを重ねる劉牢之があっけなく自死してしまうのに対し、彼は、下克上の波に乗って帝位を簒奪した桓玄(かんげん)に戦いを挑んでゆく。
いつもの小前亮作品同様、合戦シーンの迫力は比類がなく、その一方で、自分を産んですぐ死んでしまった母に代わって、乳を与えてくれた叔母には頭が上がらず、賢夫人の妻には何となく後ろめたい思いを抱いている劉裕をユーモアをこめて描いているのも捨て難い。
そして、北府軍の部下で胆力に優れる檀憑之(たんひょうし)、高い教養と血気盛んな面を併せ持つ何無忌(かむき)、文官としても優れ、軍の後方支援を行う劉穆之(ぼくし)といった多彩な面々も躍動し、彼らを描く文体は作者一流の品格に貫かれている。
さらにラスト――。
一代の英雄・劉裕亡き後の荒涼たる風景には、一抹の無常感を禁じ得ない。
南北朝時代で随一の個性であった劉裕の後を継げる者は誰一人としていなかったのである。