『こころ傷んでたえがたき日に』上原隆著 名手が描く市井の人々の生

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こころ傷んでたえがたき日に

『こころ傷んでたえがたき日に』

著者
上原 隆 [著]
出版社
幻冬舎
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784344033375
発売日
2018/08/03
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『こころ傷んでたえがたき日に』上原隆著 名手が描く市井の人々の生

[レビュアー] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)

 コラムノンフィクションの名手による22編。市井の人々の生の悲しみと喜びを、静かに語るようにスケッチする。ひとり暗い路地裏を歩いていて、夕餉(ゆうげ)の準備のにおいが漂ってきたときのような、切なくも懐かしい心持ちとなる。

 さまざまな人々が登場する。ほかの男の子供を出産した妻と別れることなくその子を自分の子として育てようとした30代の男性。新聞配達を60年続ける74歳の男性。アパートでひとり暮らしをしながら毎日新聞の「仲畑流万能川柳」への投稿を生きがいにする61歳の男性。ギャンブルが原因でホームレスとなり、サンドイッチマンとして街角に立つ53歳の男性。平成8年9月、留学直前の娘を殺害され自宅に放火された69歳の夫婦。炊き出しで知り合った前歯の一本もない78歳の男性。公園で出会った男女…。

 24歳で群像新人賞を受賞して活躍しながら、38歳のときに表舞台から姿を消し、平成25年に73歳で亡くなった男性の謎に迫った「文芸評論家・松原新一を偲(しの)ぶ」に、こんな一節がある。「彼(松原)の書く文章の多くはぐずぐずと悩み、揺れ、およそ潔さとは対極にあるものだった。その正直さや切実さに私は惹(ひ)きつけられていた」

 これは上原さんの自画像でもある。自分の弱さを知り、けっして強がらず、訳知り顔をしない。だからこそ、初対面の人々は構えることなく、素直に自分の気持ちを上原さんに伝えようとするのだろう。

 もちろんその内容は平板だったり、脈絡がなかったり、矛盾をはらんでいたり…。上原さんは録音を文字に起こし、目に焼き付けた姿を思い起こしながら、その人の持つ物語を見つけて丁寧にすくいあげ、繊細なガラス細工をつくるように、作品を構成してゆく。その手際は練達の職人のようだ。

 本書の白眉は、真冬の街角で「カードでマネー」の看板に挟まれて立つ「街のサンドイッチマン」だろう。どんなに落ちぶれようとも、人にはささやかなプライドがあり、それを支えに生きていることを、上原さんはさらりと、鮮やかに描ききる。脱帽だ。(幻冬舎・1600円+税)

 評・桑原聡(文化部)

産経新聞
2018年9月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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