『うらめしい絵』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【聞きたい。】田中圭子さん 『うらめしい絵 日本美術に見る怨恨の競演』
[レビュアー] 永井優子
■心をざわつかせる何かがある
「美しく、目に楽しいのに、心をざわつかせる何かが入っているのが『うらめしい絵』の特徴」
白装束で足がない、円山応挙作のいわゆる幽霊画を筆頭に、江戸から昭和初期にかけての14作を取り上げ、絵に秘められた物語や描かれた理由をひもとく。
3年前に開催された東京芸術大学大学美術館の幽霊画展や、9年前には、当時勤めていた米・クラーク日本美術文化研究センターでも美人画表現の一つとして幽霊画の展示に携わった。
死んだ女性を描いた絵は、「ホラー・コメディーを見ているよう、整形に失敗した女優に似ているなど(笑)。怖いものという見方ではなく、面白い表現という評価でした」。
恨みを抱き、死んだ人を描く幽霊画のジャンルは、日本以外に類を見ないそうだ。「うらめしい」という言葉も翻訳しにくく、「嫉妬、復讐(ふくしゅう)、怒りなどいろいろな言葉で置き換えられるが、複雑な感情を一語で表す語がなかった」という。
「内に秘め表に出さないけれど、どんどん心にため込んでしまっている-すごく日本人的な感情表現」
幽霊画のジャンルが成立したのは18世紀ごろからだ。おびえ恐れるだけだった怪異や妖怪を、実証的に研究する風潮が出てきた。信仰面でも、神仏中心から人間中心の社会に変わっていくなかで、お化けや幽霊が娯楽に変わっていく。
怪談の歌舞伎が隆盛するのも、ホラーを楽しむ感覚が生まれた一因だという。葛飾北斎が描く怪談皿屋敷の女幽霊の体は、染め付け皿の連なり。奇抜な発想で見事にキャラクター化されている。一方、源氏物語の六条御息所(みやすどころ)を題材にした大正期の「焔(ほのお)」(上村松園)は、作家自身の内面にも親(ちか)しい女の情念を美的に昇華し、凄艶さに息をのむ。
「ただきれいなだけより、忘れられない絵が多い。そうした絵を知ってもらうきっかけになれば」(誠文堂新光社・1800円+税)
永井優子
◇
【プロフィル】田中圭子
たなか・けいこ 昭和52年、東京都生まれ。ロンドン大学SOAS大学院修了、立命館大学大学院博士課程を満期退学。現在、東京都教育庁学芸員。著書に『日本髪大全』など。