『七〇歳年下の君たちへ』
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七〇歳年下の君たちへ 五木寛之著
[レビュアー] 古市憲寿(社会学者)
◆対等目線で語る無常と楽観
五木寛之さんはいつも新しい。発想が自由な上に過激だし、古いものに固執しない。かといって無理に新しいものを追い求めない。自分の古い部分は、きちんと自覚している。その柔軟さが、五木さんをいつも新しい人にしているのだと思う。
その五木さんの新刊は、現役灘高生、早大生との対話録。彼らとの年の差は実に七十歳近い。年長者の講義といえば、昔話ばかりの一方的な主張になりがちだ。
しかし本書は全くそれに当たらない。両者が驚くほど対等な目線で話をしているのだ。七十歳年下に全く遠慮していない。親鸞(しんらん)の言葉や大正天皇の漢詩を引用したかと思えば、「シン・ゴジラ」からアヘンの吸い方まで、話題は多岐にわたる。
中でも印象的なのは、一九四五年の敗戦を平壌(ピョンヤン)で迎えた時の話だ。ソ連の先遣部隊は、女をよこせと言ってくる。日本人が相談して何人かの女の人を差し出す。その人が帰ってきた時に、ある日本人が子どもにこう言ったというのだ。「ダメよ、近づいちゃ。悪い病気持ってきてるかもしれないから」
これが有事のリアルなのだと思う。人は「同胞」に対していくらでも冷酷になることができる。そして国家も、最後には国民をあっさり裏切る。そんな経験を繰り返した五木さんがたどり着いたのは、無常であり、楽観だ。
五木さんは、この国で異邦人としての居心地の悪さを感じながら、観光客のようにどこへでも出かけて行った。
居場所のなさというのは、今にも通底する話だ。人生の正解がない現代では、より深刻な問題かもしれない。「忘れられないことを大事にしておく」「人間というのはどこかで信用しなきゃいけない」。スケールの大きな経験から導き出される一言に、ちょっとの不景気や、人間関係のいざこざがどうでもよくなる。
大した実績もない若者が若者向けに書く自己啓発書(という名の自己アピール本)よりも、間違いなく読む価値があると思う。
(新潮社・1458円)
1932年生まれ。作家。著書『蒼(あお)ざめた馬を見よ』『青春の門』など。
◆もう1冊
五木寛之著『人間の覚悟』(新潮新書)。下り坂の社会を生きる覚悟を説く。