『牧水の恋』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
牧水の恋 俵万智著
[レビュアー] 水原紫苑(歌人)
◆結ばれぬ悲しみ 歌となる
『牧水の恋』というまっすぐな題名が、いかにも恋の歌人俵万智である。現代でも人気の高い、旅と酒の歌人若山牧水の原点にあった、若き日の恋を全力で追求してゆくのだ。
私は、牧水の代表歌の多くがこの恋から生まれたことに驚いた。
白鳥(しらとり)は哀(かな)しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
牧水といえば、やはりこの一首である。教科書にも必ず出ている名歌が、小枝子(さえこ)という恋人と結ばれない悲しみから生まれたとは、想像もつかなかった。初出は「沈黙」という一連にあり、前後の歌は抽象的な「悲しみ」の連発だ。
「しかし、独りよがりであっても、徹底した人生の何かが貼りついている場合、こういう歌を大量に作るなかで、ふいに天啓のように純度の高い歌が生まれることが、まれにある。二首目の白鳥の歌は、まさにそのようにして生まれた名歌ではないだろうか」
俵の解説が素晴らしい。歌人として同じような経験を持つ著者ならではの論考である。
意外とも思われる、牧水と俵の組み合わせだが、本書の第四章「牧水と私」で、初期の俵が牧水の歌から大きな影響を受けていたこともわかる。若山牧水賞を受賞し、さらに牧水の故郷宮崎に移り住むことになって、本格的に研究に取り組んだわけだ。
最後は泥沼のような恋だったが、牧水は、この小枝子の美しい面影を、生涯心から離さなかった。旅も酒もそれゆえであり、大酒による肝硬変での早世も、源はこの恋だったと知って慄然(りつぜん)とした。
最期を看取(みと)った牧水の妻、喜志子の思いをとらえる俵の筆は鋭く深い。愛情豊かな妻と子どもたちに恵まれながら、牧水は寂しい人間だったのだ。
幾山河(いくやまかは)越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日(けふ)も旅ゆく
寂しさの果てる国はついに無く、恋も終わらなかった。そして歌が残る。
(文芸春秋・1836円)
1962年生まれ。歌人。歌集『サラダ記念日』『プーさんの鼻』など。
◆もう1冊
正津勉(しょうづべん)著『ザ・ワンダラー 濡草鞋者(ぬれわらじもの) 牧水』(アーツアンドクラフツ)