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さて、『新麻雀放浪記』である。これは『百』の諸作が書かれるのと相前後して週刊誌に連載されたものだ。中年になった「坊や哲」が、タバコの万引に失敗してぶち込まれた留置場でひとりの大学生と知り合う。なぜか離れがたくなった二人は、外に出てから「師匠」「ヒヨッ子」と呼び合いながら博奕場の行脚をする。哲はヒヨッ子に博奕の要諦について講釈するが、どこでも格好よく勝つというわけにはいかない。むしろ負けつづけるといった方がいい。ところがひょんなことから行くことになったマカオのカジノで……というわけである。
しかしこれは、麻雀放浪記の名はついているが、そして同じように主人公として「坊や哲」が出てくるが、あの『麻雀放浪記』とは別のものである。『麻雀放浪記』の四巻もそれぞれ異なる色調を持っていたが、その四巻とこの『新麻雀放浪記』とは、本質的なところでの違いがある。『麻雀放浪記』が青春の文学であったのに対し、『新麻雀放浪記』はそうではないということだ。青春の文学であるかないかは、著者の年齢や主人公の年代とは直接の関係はない。『麻雀放浪記』の哲が青春の渦中にあると感じられるのは、彼が底のところで途方に暮れているからである。自分が何者であるのかわからないまま、ただ走りつづけている。眼の前に闘いの場はあるが、その向こうに何が待っているのか少しもわかっていない。しかし、『新麻雀放浪記』の哲は、明らかに自分について何かを了解し、納得してしまっている様子がうかがえる。だからこそ、ヒヨッ子に、あれほど能弁に博奕について語ることができるのだ。哲にとって博奕についてということは、ほとんど人生について語っているに等しい意味を持つ。
《「俺は、お前に教えた。おい、大事なことはなんでも教えてやったよ。本当だ。もう教えることは何もないくらいだ」》
哲がヒヨッ子にこのように語るくだりは、阿佐田哲也の用語でいえば、「唄ってみな」という時の「唄」に近いが、『麻雀放浪記』の読者なら「坊や哲」がこんなことを言う中年になったのだということに複雑な感慨を抱くはずだ。かつての哲なら、他人にこのように激しく執着することはありえなかったろうし、かりにあったとしてもそれは表には出せなかったろう。ドサ健や女衒の達や出目徳の息子の三井たちへの愛憎は、博奕を通して初めて生まれてきたもので、それすらも場から立ち去れば消えてしまう性質のものだった。ところが、このヒヨッ子には、持続的な執着を持ちつづけることになるのだ。哲のヒヨッ子への語りかけは、あたかも『生家へ』の次のような感慨と呼応して、虚構の中で仮の親友、仮の息子を作ろうとしたのではないかとさえ思えるほど甘やかな調子がある。
《私は子をつくらなかった。女とも男ともひとつ心で交わらなかった。
それで、もう五十に近い。父親の年齢にはまだ間があるが、さかりはとっくにすぎた。
それで、どうしようか》
最後に近く、それまでどんな博奕をやってもたいした目が出なかった哲が、マカオのカジノで大きく勝ちはじめる。勝って勝って勝ちまくる。しかし、哲には大金を稼がせて老後を安穏に暮らさせるわけにはいかないのだ。だとしたら、作者はどんな終わりを用意しなくてはならないか……。
『麻雀放浪記』の四巻の中でも、すべては終わってしまったのかもしれないという哀感が漂っている番外編が好きな私には、瀕死の白鳥のような哲の唄が聞こえてくるこの『新麻雀放浪記』にはたまらない魅力を感じるが、とりわけ鮮やかに思えるのはその終わらせ方である。私に映画の『地下室のメロディー』を連想させたこのラスト・シーンは実に洒落ている。別に映画のように盗んだ金がプールに浮いてしまうわけではないが、ひとつのドンデン返しが用意されているのだ。そのいささか苦い最後は、ヒヨッ子という若者に執着し、甘やかな夢を見てしまった哲に対しての、だから半ば自分自身に対しての、作者が与えた罰であったかもしれない。
もっとも、『黒い布』という作品が、父親の孤立の無残さを描くことで逆に救い上げることになっていたように、哲の仮の息子としてのヒヨッ子が取った行動は、裏切りであるとともに、哲を不幸な金利生活者にさせないための救いの手であったといえないこともないのだが……。
(一九八三年十一月)
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