小2で惚れたストリッパーは「父の愛人」だった!? 宮本輝さんと小川洋子さん大いに語る

イベントレポート

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 去る10月31日、東京・新宿の紀伊國屋ホールで作家の宮本輝さんと小川洋子さんのトークイベントが開催された。これは、宮本輝さんの代表作「流転の海」シリーズの完結を記念して開催されたもので、会場にはお二人の話を聞こうと多くのファンが詰めかけた。

宮本輝さん×小川洋子さん「流転の海」完結トークイベントで大いに語る宮本輝さん×小川洋子さん「流転の海」完結トークイベントで大いに語った

宮本輝さん
宮本輝さん

■よく頑張った!と自分に言いたい

〈この日発売された第9巻『野の春』(新潮社)をもって、実に「37年」がかりで書き継がれてきた「流転の海」シリーズが、ついに完結した。イベント冒頭、宮本輝さんは、会場の笑いを取りつつ、長年に亘る思いをこんなふうに吐露する。〉

宮本 書いている途中、何度も「未完の大作」ってあるよな……と考えました。だけど、そうなると37年前から読み続けてくださった読者にあまりにも失礼だ、なんとか書き終えなければならない、そういう思いが、5巻、6巻、7巻と書き進むにつれて、だんだん強くなりましたね。今は、書き終えてほっとしています。

小川 37年間、常に未完の小説を抱えていた、ということですね。

宮本 払いきれない借金を抱えてるみたいにね。(会場笑い)

〈終戦直後から東京五輪開催後の昭和42年まで、ある一家の波乱と愛に満ちた20年間を描いたこの小説。主人公・松坂熊吾とその妻・房江は、宮本さんの実の両親がモデルだ。そして、熊吾50歳で授かった息子・伸仁には、著者自身の姿が色濃く投影されている〉

宮本 父と母の実像に、あまり脚色を加えずに書こうと思いました。「清」も「濁」もあわせて書いたけれども、親孝行したかなという気持ちはあります。昔、第1部を読み終えた(先輩作家の)水上勉さんが電話をくれて、「お前、(この小説を書くことで)親父に羽織を着せてやろうと思てるんやなあ」と言われた。当時は、そんな気持ちはさらさらなかったけれど、全9巻を書き終えて、「ああ、35年前に水上さんが言っていたことは本当だったな」と思いましたね。とにかく、単純計算すると1巻書くのに平均4年、それを9回繰り返したわけです。書き終えて「やった!」という気持ちと同時に、「俺は偉い!」「よく頑張った」と(会場笑い)。まあ、誰も言ってくれないので言うんですが。

小川 この小説の一番の魅力は、まず熊吾という人間の魅力なんですね。熊吾はスケールが大きく、エネルギッシュ。そして、生き方に品格があって、潔い。人の本質を見抜く力と、人と人を結びつける力がある。にもかかわらず、(この物語が描く)熊吾の50歳から亡くなるまでの20年は、社会的には没落の歴史なんですよね。この熊吾の人物像については、最初からはっきりと核になるものがあったんでしょうか?

宮本 自分の父親を分析してみると、一番根底にあったのは学歴コンプレックスだと思いますね。南愛媛の田舎の尋常小学校しか出ていないから、学歴のあるやつには、数学や歴史学のテストでは負けるかもしれない。でも、書物で学べることについては誰にも負けないという気持ちを持って、いろんな本を読んでいました。ですから、ボキャブラリーが豊富で、何かにつけて思弁的なんです。自分は尋常小学校しか出ていないが、あらゆることを書物か、人生のさまざまな体験から学んだということを堂々と言っていましたね。 

小川 小説でも、学歴のことで熊吾が卑屈な態度をとったり、逆に強がったりするような場面はありません。しかも、相手をぎりぎりまで追い詰めるようなこともしなかった

宮本 「議論では絶対に勝つな。議論で勝ったら、相手に深い恨みを残すぞ」これは、親父の遺言みたいなものです。だから、議論になりそうだと、僕はなるべく黙るようにしているんです。芥川賞の選考会でも、僕はおとなしいでしょ?(会場笑い)

小川 あ、はい(笑)。熊吾は理屈で追い詰めて相手の逃げ場を奪う、というやり方で相手を否定しないですね

宮本 常に逃げ場を作っておく。でも、そういう温情が、裏目に出るんですね。何度も何度も、お金を持ち逃げされるんです。

小川 これだけ人を見抜く目を持ちながら、なぜ、繰り返しお金を持ち逃げされるのか! もう私などは、途中から「あっ、こいつ怪しいな」と思いながら読んでました。(会場笑い)

■小学2年生でみたストリッパー。実は……

〈やがて二人のトークは、熊吾の「女性関係」に及ぶ。父の愛人と息子・伸仁(つまり宮本輝さん自身)とは、実は意外な関係にあった。〉

小川洋子さん
小川洋子さん

小川 どうしても避けて通れないのが、熊吾の愛人となった元ダンサー・森井博美のことですね。なんでそっちに行っちゃうんだと、熊吾を妻の房江さんのほうに引っ張っていきたいと思ったことが何度もありました。

宮本 しょうがない。事実ですから。

小川 で、この博美さんが悪人じゃない。

宮本 ちょっと愚かなくらいに、善意の人です。僕が子どもの頃、梅田ミュージックホールというのがあって、西条あけみという踊り子がいた。おっぱいは見せるけど、それ以外は見せない、ストリッパーといっても隠すところは隠す踊り子です。小学2年の頃から、親父はそこへ僕を連れて行ってました。きっと、僕と一緒だとお袋が安心したんでしょうね。隠れ蓑に使われていたんだと思います。その西条あけみさんに花を買って、僕に届けさせるんです(会場笑い)。楽屋に出入りしても、西条あけみにお菓子や花を届けるチビがまた来よった、と誰も怒らへんのです。その背後には、松坂熊吾がいるんですが。十数年後に親父が倒れた時、愛人という人と初めて対面したんですが、あの時くらいびっくりしたことはなかった。親父が一緒に暮らしている相手が、まさかその西条あけみだったなんて! その瞬間――これは小説に書くべきか非常に迷って省いたんですが――僕は父に嫉妬のようなものを感じました。小学2年生ながら、西条あけみというダンサーに恋心を持っていたんですね。

小川 そこで一瞬、父と息子がライバル関係になったんですね 

宮本 シェイクスピア劇みたいですけどね。それはすごくよく覚えてますね。母からは「お前、あの人、前から知ってたんか?」と聞かれたけど、「いや、全然知らない」と。

小川 そう言わざるをえないですよね。

宮本 子どもの時、花を届けたことがあるなんて、あの場では言えないですよ。

小川 そういう思いを息子にさせたんですね、熊吾は。

宮本 ホント、悪い奴です。(会場笑い)
 
〈その後も、小川さんの見事なツッコミで「流転の海」をめぐる様々な“秘密”や“舞台裏”が明らかになって、会場は大いに盛り上がった。この日のイベントには「テルニスト」と呼ばれる宮本さんの熱烈ファンの方々が、全国から参集。書籍販売コーナーでは50冊のサイン本がたちまち完売し、直筆色紙や著者自身が「流転の海」を語ったCDなどの特典がついた5万円の「愛蔵版」もその場で数セット売れるなど、会場にはテルニストたちの「流転の海」シリーズへの熱い思いが溢れていた。〉

*宮本さん、小川さんの白熱トークの全貌は、「新潮」1月号(12月7日発売)に再録される予定です。

Book Bang編集部
2018年11月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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