大拙(だいせつ) 安藤礼二著

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大拙

『大拙』

著者
安藤 礼二 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065129692
発売日
2018/10/25
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

大拙(だいせつ) 安藤礼二著

[レビュアー] 篠原資明(哲学者)

◆禅だけで語れぬ大思想家

 鈴木大拙(一八七〇~一九六六年)といえば、京都学派の哲学者、西田幾多郎と同郷の親友だったことで知られる。そのためか評者には、大拙は西田の名脇役というくらいの認識しかなかった。本書は、そのような認識に根本的な再考を迫る一書である。

 西田の第一作『善の研究』でキー・コンセプトとなる純粋経験は、アメリカのプラグマティスト、ウィリアム・ジェームズに触発されたものだったが、そもそも西田にジェームズのことを知らせたのは、どうやら大拙らしいのだ。それだけではない。大拙による、西田哲学の生成への関与が、想像以上に大きかったと、本書によって十分に思い知らされたのである。

 また、その著『禅と日本文化』がよく読まれたこともあって、大拙といえば禅、そして禅から見た日本文化論、という先入見がつきまといがちだが、本書は、そのような見方にも修正を迫る。むしろ、宇宙と我との合一を説く世界の諸宗教に目くばりしつつ、華厳(けごん)の如来蔵(にょらいぞう)思想をもとに、禅と浄土をとらえ直そうとした思想家であったのだと。

 一読して何よりも驚かされるのは、大拙のもつ人的、知的なネットワークの広がりだ。十九世紀末に二十代で渡米し、帰国してからも、九十五歳で亡くなるまで、欧米とのあいだを行き来した大拙の射程には、老子、ヒンドゥーの不二一元(ふにいちげん)論のみならず、スエデンボルグやエックハルトのキリスト教神秘主義も入ってくるのだから。

 とはいえ、どうしても気になるのが、密教のこと、京都学派のことだ。本書も触れるとおり、大拙夫人のビアトリスも、同時代の南方熊楠(みなかたくまぐす)も、密教に傾斜した。にもかかわらず、大拙は密教を正面から論じてはいない。また、西田哲学と京都学派の生成には、西田独自のネットワークによるところも、少なからずあったと思われる。

 ともあれ鈴木大拙は、不思議に勇気づける人だ。あの困難な時代を大きく生きた人ならではの魅力がある。閉塞(へいそく)感漂う現代日本の若者たちにも、ぜひ知ってほしく思う。

 (講談社・2916円)

 1967年生まれ。文芸評論家。著書『折口信夫』『光の曼陀羅』など。

◆もう1冊

 鈴木大拙著『日本的霊性』(岩波文庫)。日本人の精神の支柱について考察。

中日新聞 東京新聞
2018年12月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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