あっと驚くイノベーションは「サボりたい」の気持ちから生まれる――『知的生産術』著者・出口治明さんトークイベント(前編)

イベントレポート

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出口治明氏

去る3月5日、発売1か月足らずで3万部となった『知的生産術』(日本実業出版社)の著者・出口治明氏の出版記念トークイベントが、紀伊國屋書店梅田本店主催で行なわれました。

語られたのは、ビジネス界きっての教養人であり、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)の学長である出口氏ならではの「働き方と生き方の授業」ともいえるものでした。本書のテーマである、“知的生産性の高め方”という視点も存分に盛り込まれたおもしろくて役立つイベントの模様を、前編・後編に分けてお届けします。

前編は「今、知的生産術が必要とされる理由について」です。

知的生産性が大切なシンプルな理由

(以下、出口治明氏)みなさんこんばんは。

今日は、私の近著のタイトルでもある「知的生産術」がこれからの働き方に必要な理由からはじめようと思います。

この前、ヨーロッパを旅行した友人が、「ヨーロッパで買い物をしたら、店員さんは不愛想できちんと包装もしてくれない。やっぱり日本の接客は素晴らしい」と私に長々と喋ってきました。

たしかにエピソードとしてはその通りだと思います。日本の接客は素晴らしい。また、いい製品を作って創業100年を超える企業が山ほどある日本のマネジメントを評価している研究者もたくさんいます。

でも、これをデータでみたらどうでしょうか。今、日本の会社員が年間2000時間ほど一生懸命働いて、実質GDP成長率は1%です。一方で不愛想で適当な接客だったヨーロッパの人は1500時間も働かないのに2%成長している。どっちがいいですか? そりゃヨーロッパの方がいいですよね。

ここで問題なのが「日本人は長時間、一生懸命いい仕事をしているのにそれをマネタイズできない、あるいは生産性の向上につなげることができないので、骨折り損のくたびれ儲けになってしまっている」ということです。

経済が成長するということは給与が増えるということです。100年、200年続く企業がたくさんあったとしても、1%の成長だと給与が上がらずご飯が食べられなくなってしまいます。

いいたいことをわかってもらえるでしょうか。どんな社会でもいいところや悪いところは山ほどあるので、エピソードだけで議論するのではなくエビデンスでものを考えなければ、社会全体の状況が正しくわからないという話です。企業の目的は長く存続することでしょうか? ちゃんと儲けて、従業員にちゃんと給与を払うことが本来の目的のはずですよね。

このように「日本の成長率:2000時間働いて1%、ヨーロッパの成長率:1500時間働いて2%」というエビデンスと「100年経営よりも、ちゃんと儲けて従業員に給与を払う」という本来の目的で考えることが大切です。

これを前提としたとき、一番最初に考えなくてはいけないのが「世界はすべて有限だということ」です。1日は24時間しかない。そして人間は動物なので、睡眠や食事を削ることはできません。さらに元気に仕事をするためには、遊ぶことも必要です。

そう考えると、その限られた時間を、どのように使うかを自分の頭で考える「知的生産術」が大切なんですね。働くからには、給与をたくさんもらたいし、やりたいことやりたいはずですから。

私たちが幸せになるための条件について考えてみましょう

人間が幸せに生活するための理想ってなにかと考えると、5つぐらいに整理できます。

まず、1つ目は好きなことをしながらご飯を食べられるということ。自分が好きなことを一生懸命やったら、給与が入ってきてご飯が食べられるとやっぱり楽しいでしょう? だから、好きな仕事が選べるということがすごく大きいと思います。

たとえ好きな仕事をしていなくても、やっぱりお腹いっぱい食べられることは大切ですよね。

そして2つ目は、安全で安心して眠れること。

それから3つ目。自由に移動できることです。人間は昔からホモ・モビリタス(移動する人)と呼ばれていて、ここではないどこかに移動する欲求をもっています。

人類の祖先がアフリカから出ることにしたのは、美味しいビフテキを求めてでした。アラビア半島を発見した、一部のホモ・サピエンスは、向こうへ行けばもっとお肉が食べられると思い、アフリカを出たんですよね。

人間っていうのは好きなところを目指して移動するというのが本性なんです。だから、「置かれた場所で咲きなさい」というのは人間の本性に反しているともいえます。ご縁があって自分がよしと思ったのなら置かれた場所で咲いたらいい。でもその場所で咲けないのだったら、他の場所を見つけにいけばいいんです。

4つ目は上司の悪口がいえることです。労働環境は上司によりますからね。上司の悪口がいえるということは精神衛生上とってもいいんですよ。これは社会的にいえば、言論の自由ということですよね。政府の批判でもなんでもできること。

人間はこの4つが揃っていれば、たいてい幸せなんですよ。上司の悪口を言いながら好きな仕事ができて、お腹いっぱいご飯を食べてゆっくり寝られる。そしてどこへでも行ける。

最後の5つ目はジョーカーみたいなものです。それは、生みたいときに赤ちゃんが生めるということ。これが揃えば完璧ですね。

ただ、これは僕が思う幸せの条件なので、みなさんもどんな人生を送りたいかということを考えて書き出してみてください。1日は24時間です。まず、寝る時間と食べる時間は外せません。残業なんかしていたらしたいことに使える時間が本当に少なくなってしまいます。だから、仕事の時間を生産的につかわなければならないということがわかりますよね。

24時間を有意義につかうには、自分の頭で「考える」ことが不可欠

早く帰って友達と遊びたい、彼女とデートをしたい、好きな本を読みたいと思ったら、仕事を早くすませるしかないわけです。

そのためには、自分の頭で「考える」しかない。どうしたら、「5時間かかる仕事を3時間で終えて遊びに時間を使えるか」ということを必死に考えることによって働き方が変わり、イノベーションが起こります。

イノベーションはそもそも「サボろう」とする気持ちから生まれています。どうやったらサボれるかということを考えなければ、仕事の能率は上がらない。

サボりたいという気持ちがなかったらいい仕事はできないんですよね。

だから、まじめな人や賢い人ほどイノベーションを起こせない。なぜかといえば、賢い人はどんな会社や組織でも入った瞬間に「この世界ではこうすれば可愛がられる」とわかっちゃうからです。本にも書きましたが、17時に4時間かかる量の残業を頼まれて素直に4時間残業することで上司の機嫌をとる“賢い人”はダメなんです。そうではなくて、17時に4時間分の残業を頼まれても「19時からの飲み会に行くぞ! そのために2時間で残業を終わらす楽な方法を考えよう」と考えないとイノベーションは生まれないんです。

最近では、マネジメントの考え方もずいぶんと変わってきました。

「MBAをとらなきゃいけない」という風潮がひと昔前にありましたが、たとえ海外でマネジメントを勉強してMBAもとったとしても、仕事が全然よくならない、イノベーションも生まれないということがわかってきました。グローバル疲れとか、MBA疲れとかマネジメント疲れとか、勉強疲れとかいう人が増えてきました。

世界で一番生産性が高いGAFAやユニコーン企業が今、何を勉強しているかといえば「脳科学」や「心理学」です。脳科学や心理学を勉強しなければマネジメントはできない。昔のマネジメントは裏付けがなく精神論でありサイエンスではなかった、という知見が大勢になってきています。

現代の新しい産業はゼロからつくられていきますから、アイディア勝負です。自分の頭で考えなきゃ話にならないんですよね。つまり、働く人の脳をどのようにして科学的にマネジメントするかという課題が重要なんですね。

 ***

出口治明(でぐちはるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者。1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒。1972年、日本生命入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画(株)を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命に社名変更。2012年上場。2018年1月より現職。著書に『部下を持ったら必ず読む「任せ方」の教科書』(KADOKAWA)、『世界史の10人』(文藝春秋)、『「働き方」の教科書』『「全世界史」講義I 古代・中世編』『「全世界史」講義II 近世・近現代編』(以上、新潮社)、『教養は児童書で学べ』(光文社)、『人類5000年史I 紀元前の世界』『人類5000年史II 紀元元年~1000年』(筑摩書房)、『早く正しく決める技術』(日本実業出版社)などがある。

日本実業出版社
2019年3月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

日本実業出版社

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