ある若き死刑囚の生涯 加賀乙彦(おとひこ)著

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ある若き死刑囚の生涯

『ある若き死刑囚の生涯』

著者
加賀 乙彦 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480683427
発売日
2019/01/07
価格
924円(税込)

書籍情報:openBD

ある若き死刑囚の生涯 加賀乙彦(おとひこ)著

[レビュアー] 福島泰樹(歌人)

◆主観を捨てて極めた「社会詠」

 一九六八年六月、横須賀線爆破事件発生。乗客の一人が死亡、多数の重軽傷者を出した。前年の山陽電鉄爆破に次ぐ「父の日」の犯行。多発する列車爆破事件に、警視庁は「広域重要事件一〇七号」に指定。十一月、東京・日野市在住の大工若松善紀(よしき)を逮捕。

 若松の出身は、山形県尾花沢市、父はレイテ島で戦死、母の手で育つ。高校進学を希望したが、断念。六〇年上京、見習いを経て六三年(二十歳)、大工となる。向学心つよく一級建築士資格取得を目指し独学。数学と英語にも精を出し、電気いじりを得意とした。仲間からはインテリ大工と呼ばれ、堅実真面目な日々を送った。この間、猟銃に熱中、火薬を入手。

 六七年二月、横浜在住の幼馴染(なじ)みと十七年ぶりに再会。だが、彼女が彼の同郷の友人と関係をもつに至ったことが、事件の引鉄(ひきがね)となる。

 逮捕(二十五歳)後、八十日余りの審理で、見せしめ的に死刑が言い渡された。その頃からキリスト教への関心を深め、ヘブライ語を学ぶ。同時に短歌を作り始める。「潮音」に入会したのは、死刑確定後の七一年十一月。以後、七五年十二月死刑執行(三十二歳)までの四年間を、純多摩良樹(すみたまよしき)の名で短歌を投稿。 

 さて本書は、刑死を前に獄中日記十六冊と歌集稿『死に至る罪』を託された精神科医加賀乙彦が、私信など遺(のこ)された資料を基に、一人称「私、純多摩良樹の故郷は……」の書き出しで構成した異例の、獄中手記風評伝である。

 「すぐれた歌人になりたい」(七一年)「強烈な社会詠を書きたい」(七三年)「主観を殺そう、主観を捨てよう」(七四年)。ひたむきな学習は、歴史・社会・文学的問題意識を深め、「不安にてひれ伏してゐん朝まだきあまたの鴉獄舎をめぐる」等数々の秀歌絶唱を生み、ついには「父に戦死われに死刑の裁判を下せし国家の安泰といふは」の思想に至るのである。「かゝる境地にまで到達した者を死刑に処することの惨酷さ……」と、遺歌集あとがきで、「潮音」主宰太田青丘(せいきゅう)は慨嘆した。

(ちくまプリマー新書・907円)

1929年生まれ。小説家、精神科医。著書『死刑囚の記録』『宣告』など多数。

◆もう1冊

坂口弘著『歌集 暗黒世紀』(KADOKAWA)。死刑囚が詠む現代。

中日新聞 東京新聞
2019年4月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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